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第12話 成長
2年生最後の日、俺は朝からドタドタと廊下を掛けた。
教室を覗くと、髪の長い女子が席に座っているのが見えた。
呼び出してもらう時間も惜しくて、勝手に足を踏み入れる。
「由井さんおはようっ、ちょっと見てほしいものがあって!」
「はあ?」
スマホを見ていた由井さんは、はしゃいでいる俺を訝しむ。
由井さんのSNSを一方的に拝見しているだけで、直接話すのはあの図書館で会った時以来なのに、そんなことも忘れて由井さんの腕を持って廊下に出た。
「これこれ! 俺の作品なんだけどっ」
興奮しながらスマホを操作して、アプリを起動して由井さんに画面を見せる。
あの後、俺は勇気を出して自分の物語をネットに公開した。
それから数日経ち、今朝確認をしてみたら嬉しいことが起こっていたので、真っ先に由井さんに報告しようと決めていた。
「ん、で、どこを見りゃいいわけ?」
「これだよ、これ!」
どうして分からないんだ、と歯がゆくなりながらも、丁寧にその箇所を指さす。
「この作品をお気に入りしてくれた人、5人になったんだ!」
目を白黒とさせる彼女は、すぐに噴き出した。
「あんたねー、まさかそんなことを言うためにわざわざ来たの?」
「えっごめん! 嬉しくなって、つい……」
由井さんは俺の背中を押してくれた人だから「凄いじゃん」との言葉を貰えると高を括っていたのだが。
ランキング上位の作品と比べると、それは笑っちゃうくらいに低い数字だというのは重々承知している。
それでも、俺にとっては嬉しいのだ。
1人でも興味を持ってくれた人がいるならば。
だがさすがに、舞い上がりすぎたかもしれない。
小さくなっていると、くっくっと嘲笑うかのような笑みをされた。
「花巻って、なんか変わったよね」
「変わった? どこらへんが?」
「前のあんただったら、『5人しかいない、やっぱり自分はダメなんだ~』って嘆いてた気がするけど。ちょっとは成長したんじゃない?」
指摘されて、確かにそうかもと思った。
前の自分は、かなりのネガティブ思考だった。
自分は可哀想で、周りにきっと馬鹿にされるとばかり思っていた。
だが自分が変われば世界は一瞬で変わるものなのだと、雄飛や足立や康二さん、それに由井さんが教えてくれた。
何も無いと思っていた日常に彩りを添えてくれたのだ。
物語がうまく書けなくて、つらくて嫌なこともあるけど、足立もついているし、なんとか乗り越えていけそうだと、変な自信もつくようになった。
「そうかな。俺もようやく、強い人になれたのかも」
「まぁ、絹豆腐が木綿豆腐くらいにはなったかもね」
やっぱりグサグサとものを言われてしゅんとなるが、由井さんはケラケラと愉快そうに笑っている。
「頑張んなよ。私も今、頑張って新しい衣装作ってるんだ。またアップするから、良かったら見てよ」
「うん、見る! 頑張ってね」
微笑みあったあと、長い髪を翻し教室へ戻る由井さんに背を向けて、自分もクラスへ戻った。
雄飛が、俺の席に座っている。
「会えた?」
「うん。そんなこと言うために来たのって、笑われた」
「ふぅん」
雄飛には、由井さんのことを話してある。
俺を応援してくれる人はもう仲間みたいなもんだと、面識がない由井さんを良く思っているみたいだ。
雄飛も夏につらいことがあったけど、あれから部内でどう行動すべきか、たくさん考えた。
部長になった今は、副部長やマネージャーの助けを借りて、うまくやれているとのこと。
素直に『自分1人では無理だから、助けてほしい』と胸の内を明かすと、心底驚かれたらしい。
2年のリーダーを任されていた時から、他人に干渉されるのは嫌な人なのかと思い、あえて関わらずにいたのだと。
雄飛1人に責任を負わせてしまったことも謝られて、無理な時は遠慮せず助け合うことを約束したのだそうだ。
「最近は、捗ってんのか? 書くの」
「うん。どんどんアイデアが湧いてきて追いつかないくらい。春休みには沢山書くよ」
「足立とも、上手くいってるみたいだしな」
「え……」
急な指摘に、羞恥でいっぱいになる。
2人で振り向くと、数名の輪の中に混じっていた足立と目が合う。
何かを察したようにニコッとしてから、足立は視線を外した。
一見クールでとても紳士的なのに、実は俺が大好きで、しかもお尻を叩くのが性癖だなんて、この世界で俺しか知らない。
「ていうか春休み明けたらもう、3年かー。早いなぁ」
「うん。あっという間だったね」
「3年になっても、クラス一緒だといいな」
それは史緒と自分が、という意味か、それとも足立と俺のことを言ったのか。
今の雄飛だったら、後者のような気がした。
もうハグやキスはなくなったけど、俺は雄飛を尊敬しているし、大好きだ。
色々とあったけど、雄飛にもたくさん幸せになって欲しいと願う。
「うん。一緒がいいな」
俺もあえて、そういう言い方をして笑う。
雄飛も、陽だまりの教室で鷹揚に頷いた。
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