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第13話 祝福
「ハッピーバースデー! きょーたろう!」
玄関に入るなり、小さな男の子が裸足で飛びだしてきて、足立に引っ付いた。
目がくりくりで柔らかそうな黒髪のその子は、凛 くん、4歳。康二さんの一人息子だ。
「凛。リビングに入った時に言うから、それまで内緒にしてようねって自分で言ってなかった?」
奥から出てきた康二さんが呆れて笑うと、腰に抱きついたままの凛くんは「あ、そうだった」とキャハハと笑った。
2年生最後の日は、めでたくも足立の誕生日だった。
康二さん宅で祝ってもらうのは2回目らしい。
美容室は定休日なので、こうして誕生日当日にお祝いできることになった。
「凛、また背が伸びたな」
足立が頭を撫でてやると、凛くんは嬉しそうに足立のお腹に顔を擦り付けた。
随分と懐いている。
人目を憚らずにハグができるなんて、羨ましい。
こんな小さな子に嫉妬してしまう自分もどうかと思うが。
じっと見つめていると、視線を感じた凛くんがこちらを見上げた。
「……誰?」
「はじめまして。恭太郎くんのお友達の花巻です。凛くんのお父さんに呼ばれて」
「ふぅーん」
興味がなさそうに、そっぽを向かれてしまう。
仕方ない、こんな時は。
俺は膝を折って凛くんとおなじ目線になる。
お菓子の入った袋を渡すと、ぱあっと花が咲いたように笑われた。
「くれるのー?」
「うん。凛くんも、この間誕生日だったんでしょ? おめでとう」
「ありがとう! 早く来なよ!」
さっと体を引き、部屋の奥へ駆けて行った。
現金だけれど可愛い。
康二さんと違って、とても正直で素直だ。
いらっしゃい、と康二さんの奥さんに案内され、リビングへ入る。
壁には凛くんが描いた足立の絵が飾ってあり、「happy birthday」の文字が入ったガーランドが掛けてあった。
テーブルにはすでにご馳走やケーキが並んでいる。
まるで家族をお祝いするみたいに豪華だ。
「きょうたろーは、いくつになったの?」
凛くんは折り紙で作った星にビニール紐をくっつけた自作のネックレスを、足立の首に掛けた。
舌ったらずな言い方が可愛いなと思う。
「17歳だよ」
「へー! おとなだね」
「そうかな」
「きょうたろうは、カノジョいる?」
俺は「えっ」と目を瞠らせる。
咄嗟にキッチンにいた康二さんを見ると、どことなく含み笑いをしていた。
「凛、最近覚えたんだよね、それ。恭太郎に訊いてみなよって言ってあったから」
たまたま観ていたドラマの影響らしく、『カノジョってなぁに?』と問われた康二さんはなるべく丁寧に説明したとのこと。
奥さんはキッチンの奥にいるから、会話の内容は聞こえていない。
足立がどう答えるのか気になって、妙に緊張してしまう。
「ううん、いないよ、彼女は」
足立は泰然と答えた。
彼女は、とあえて強調させるところが足立らしい。
今度は足立が意味深な笑みを浮かべながら俺を見てきたので、また恥ずかしくなってしまう。
意地悪な男ふたり組。
凛くんは「ふぅーん」と返事をする。
自分から訊いておいて関心が薄い。
たぶん、そのセリフを言ってみたかっただけなのだろう。
「でも、大好きな人は、いるみたいだよ」
皿を並べながら、康二さんは凛くんに向かって呟いた。
俺と足立は視線だけを絡ませあう。
おなじ動きをしたことに嬉しくなって頬を緩ませてしまう。
凛くんはお菓子を渡した時と同じように、目をキラキラと輝かせた。
「だれ?」
「凛には内緒」
「えーっ! 教えてーっ!」
「ほら、凛。恭太郎お兄ちゃんに作ったパンケーキにお絵描きするんでしょう?」
向こうから声を掛けられる。
凛くんの興味の矛先は、一瞬で母親が手にしているチョコペンに変わった。
「描く!」とバタバタ掛けていくのを見て、ほんの少しほっとする。奥さんが、気を遣って助け舟を出してくれたのだろう。
「史緒だって言ったら、凛は驚くかな」
足立はまた俺をチラッと見てから、テーブルの下で俺とこっそり手を繋いだ。
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