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第4話

「騒音、と言ったな?」 店を出ると、男は優真に尋ねた。改めて観察すると、男は驚くほど良い体躯をしていた。身長は、百九十はあるだろうか。よほど鍛えているのか、肩や腕はがっちりとして、背中も広い。優真は身長百六十九センチで、貧弱な体つきだ。否が応でも、比較してしまう。 「はい……。もしかして、早速来てくださるんですか?」  ああ、と男が短く答える。優真は、男と並んで歩きながら、改めて説明し始めた。 「ありがとうございます……。夜中に騒音を立てるのは、同じアパートの人なんです。僕は二階で、その人は一階なんですけど。うちのアパートって、一フロアに一室しか部屋がないんですよね。だから、迷惑してるのは僕だけって状況で」  ちなみにアパートは三階建てだが、三階は空き室である。どのみち、被害者は優真一人なのだ。 「大家さんも高齢のおばあさんですし、相談しづらくて。でも、引っ越しはしたくないんです。今のアパート、気に入ってるんで」 「気に入っているのか?」  ふと、男が優真の顔を見る。はい、と優真は答えた。 「家賃が安いってこともありますけど。一番は、『わたあめ通り商店街』に近いってことですね。僕、さっきのあの商店街、大好きなんです。特にお気に入りは、惣菜屋さんですね。ほら、端っこの」 「ああ、あそこか」 男は、知った様子で頷いた。 「確かに美味いな。俺も好きだ」 「ですよね? それに、すごく家庭的だし」  煮物やキンピラの味を思い出して、優真は頬を緩めた。男は、そんな優真をじっと見つめていたが、やがて「わかった」と言った。きょとんとして見上げれば、男は微笑んだ。 「俺に任せろ、と言ったんだ。お前は悪くないのに、引っ越す必要なんざない。安心していろ、すぐに方を付けてやる」 「あ……、ありがとうございます」  礼は述べたものの、優真は内心首をかしげた。いくら年下とはいえ、初対面でいきなりお前呼ばわりするだろうか。それに、この威圧的な口調は何なのだろう。 (もう役に入ってるってことかな……) 「もしかして、あのアパートか?」  男の声に、優真ははっと我に返った。気がつけば、アパートはもう目の前だ。そうだと答えると、男は早速エントランスをくぐって行く。優真は、あわてて後を追った。 「いきなりですか! ちょっと待ってくださ……」 「ああ、そうだ」  男は、ふと立ち止まった。 「悪いが、電話を一本かけてくる。少しだけ待っていてくれ」 「あ、はい……」  男はエントランスを出ると、携帯を取り出した。少しと言ったのは本当で、男は二、三言何かを告げただけで電話を切った。 「待たせたな」  男が、スーツのポケットに携帯をしまいながら戻って来る。その瞬間、優真の目は点になった。その手の小指は、欠けていたのだ。

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