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第7話
「仕方ねえな」
男はヤマシタの方を向き直ると、重々しく頷いた。
「こいつに免じて、五百万は勘弁してやろう」
「マジですか!?」
ヤマシタが、露骨に安堵の表情を浮かべる。優真もだ。だが男は、こう続けた。
「ああ。だがその代わり、今すぐ不動産屋に電話しろ。今日付けで部屋を解約すると言え」
「いや、それもちょっと……」
この男が本物のヤクザなら、自分も危険にさらされるかもしれない、という思いが脳裏をかすめる。それでも優真は、言わずにはおれなかった。
「確かに、騒音には迷惑してました。でも、部屋を追い出すのは止めてください。僕、社会福祉事務所でケースワーカーをしています。生活に困窮した人を、大勢見てきました。住まいを奪うのは、かわいそうです」
だが男は、厳しい表情でかぶりを振った。
「甘いな。こういうふてえ野郎は、ほとぼりが冷めたらまた厄介事を引き起こすに決まってる。そんな奴と大事なお前を同じ所に住まわせるなんて、冗談じゃない」
あくまでも、イロ設定で通すらしい。優真は、そんな男をキッと見すえた。
「いいえ、これは譲れません。それに、住む場所が無くなったらヤマシタさんはどうするんです? 生活保護を申請するかもしれません。僕らのせいで、税金が使われることになります。扶助は、必要な人に回すべきです」
男は、優真の話を黙って聞いていたが、やがてため息をついた。
「相変わらずだな……。まあいい。可愛いイロの言うことだ。ここは譲ってやろうじゃないか……。おい、クソガキ」
男は、ヤマシタをぎろりとにらみつけた。
「今から一筆書け。二度と騒音で迷惑はかけません、とな。コトリとでも音を立てようもんなら、組の若いもんを連れて押しかけるぞ。わかったな?」
「は……、はい!」
蒼白な顔で、ヤマシタが答える。取りあえず穏便(?)な結果に終わったことに、優真はほっとした。『相変わらず』という言葉にはやや違和感を覚えたが、きっと演技の一環だろう。
ヤマシタは部屋に上がると、男に言われるがまま、念書を書いている。優真はその様子を、放心状態で眺めていた。
「よし、それでいい」
山下友也、と最後に署名するのを確認すると、男は満足そうに頷いた。
「引き上げるぞ」
うながされ、優真は踵を返そうとした。だが次の瞬間、息をのむはめになった。
男の拳が、山下のみぞおちに食い込んだのである。崩れ落ちた彼をさらに蹴り飛ばしながら、男は冷たく言い捨てた。
「俺のイロを可愛がってくれた礼だ」
ぞくり、と背筋が寒くなった。
(まさか本物……?)
「おい、何してる。行くぞ」
先に部屋を出ながら、男がこちらを振り返る。優真は外に出ると、思い切って尋ねた。
「あの、あなたは一体……? 『おやじレンタル』のヒロシさんじゃないですよね? ひょっとして本当に、その、月城組の……」
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