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第8話

 嘘であってほしい、と切に願う。だが男は、あっさり頷いた。 「組長の氷室徹司(ひむろてつじ)だ」  目の前が真っ暗になるのを感じた。 「何でこんなことを!」  思わず非難めいた声を上げれば、氷室は眉をつり上げた。 「あん? いきなり俺の所へやって来て、頼みごとをしたのはお前だろうが」 「あれは! 人違いで……。あなたが、依頼した人と同じ格好でコーヒーを飲んでたから……」 「ヤクザがコーヒーを飲んで悪いのかよ」 「じゃなくて! 人違いだってことくらい、わかってたでしょ? それなのに、何で引き受けたんですかって聞いてます。それも、あんな乱暴なやり方で……。山下さんが警察に行ったりしたら、どうするんです!」 言葉の途中で、優真は息をのんだ。氷室の手が、スッと伸びてきたのだ。 (殴られる? 山下さんみたいに……)  だが、予想した衝撃は訪れなかった。代わりに氷室は、優真の顎をくいと捕らえた。 「あのガキは、サツへ行ったりしねえよ」  低い声で囁かれる。優真は、金縛りにあったように動けなかった。 「それに」  氷室が、いっそう声のトーンを落とす。 「さっきから、わかってねえみたいだな。俺がお前に頼まれて、悩みを解決してやったのは、事実だろうが? つまり、お前も誠意を見せるのが筋だろう?」  嫌な予感がした。 「あの、誠意というのは……」 「三百万だ」  氷室は、平然と言い放った。 「解決料として、三百万払え。それで安眠を手に入れられたんだ、安いもんだろう?」

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