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第9話

「三百……万」  優真は、目の前が真っ暗になるのを感じた。大学を卒業後、今の職に就いて二年目。とても、そんな貯金はない。脳裏では、腎臓や角膜といった、山下への脅し文句がよみがえっていた。 「あっ。ちょっと……!」  優真が硬直している間に、氷室は優真のスラックスのポケットに手を入れると、素早く名刺を取り出した。 「××区役所生活課保護係、立花優真、か……。そういやお前、さっきも仕事内容をべらべら喋ってたな。軽々しく個人情報を話すもんじゃねえぞ?」  勝手に名刺を取り出して見る奴が、何を言うか。そう言いたいが、さすがに恐ろしかった。黙りこくる優真の耳元に、氷室がそっと唇を寄せる。そして、とんでもない台詞を放った。 「もしくは。体で払う、という手もあるが」 「なっ……。まさか!」  さすがに仰天した優真は、氷室の手を振り払った。彼はにやにやしている。 「僕、男ですよ。それなのに……」 「あいにく俺は、男もいける口だ」  氷室は、あっさりと言い切った。 「その様子だと、払うアテはないんだな? なら決まりだ。今日からお前は、俺のもんだ。さあ、来い」  顎をしゃくられ、優真はぎょっとした。アパートの前には、いつの間にか高級そうな黒塗りの車が駐まっていたのだ。その前には、スキンヘッドの大男が立っている。先ほどの電話は、迎えの依頼だったのか。

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