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第11話

 数十分後、優真は繁華街の一角にある、月城組の事務所に連れて来られた。見た目は、普通の企業と変わらない雰囲気のビルだ。ただしセキュリティは厳重で、あちこちに監視カメラらしきものが取り付けられている。  お帰りなさいませ、という声に迎えられ、氷室と共に中に通される。事務所内もまた、平凡な内装だった。一目でその筋とわかる男たちの姿がなければ、一般企業かと勘違いしたことだろう。 「おい」  氷室はその中から、二人の男を呼びつけた。一人は三十代半ばくらいで、頬に傷があった。もう一人は優真よりも少し年上くらいの、茶髪の青年だった。明るい色のスーツを身にまとい、アパレルメーカーの社員風だ。  氷室は二人に、山下に書かせた念書を渡すと、何事か囁いた。とたんに、彼らの表情が険しくなる。 「まだるっこいですよ。いっそ……」  頬に傷のある方が、何事か反論しようとする。だが氷室は、チラと優真を見やると、彼を一喝した。 「こいつの前で、余計なことを口走るんじゃねえ!」 「すんません」  男は、素直に引き下がった。 「それから、俺はしばらく上にいる。邪魔すんじゃねえぞ」 それだけ告げると、氷室は付いて来いとばかりに部屋を出る。優真は不承不承、後を追った。  うながされ、エレベーターへ乗り込む。連れて来られたのは、三階だった。どうやら氷室の自宅らしく、ゴージャスな調度品の並ぶリビングが広がっている。革製らしきソファを、氷室はこともなげに指した。 「座ってろ。俺は、支度をしてくる」  短くそう告げて、彼は踵を返す。その後ろ姿を見つめながら、優真はストンとソファに腰を下ろした。 (……支度だって? つまり、その支度?)  とはいえ三百万など、とてもひねり出せない。今さらだが、警察ヘ相談すべきだろうか。しかし、山下は警察へは行かない、と自信ありげに断言していた氷室の姿が思い出される。この手のヤクザ絡みの話は、相談しても無駄なのだろうか。  優真は、頭を抱えた。こんな大金、家族や友人に借りられない。 (第一、巻き込みたくないしな……)  優真は、物心ついた時から母子家庭で育った。母親は優真を女手一つで育て上げ、大学へ入れると同時に再婚した。ようやく幸せを手にした彼女に、心配をかけるわけにはいかなかった。つまり、腹をくくるしかない。   それにしても、彼は自分を本気で抱くつもりだろうか。リビングの一角にある姿見を見つめて、優真は首をかしげた。痩せぎすの体に、平凡な顔立ち。抱きたくなるような魅力があるとは、とうてい思えないのだが……。 「待たせたな」 「あっ、はい! いえ……」  あれこれ悩んでいるうちに、氷室が戻ってきてしまった。シャワーを浴びたらしく、ガウン姿だ。

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