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第13話
「どうして、そこまでしてくれるんですか」
氷室は、肩をすくめた。
「さっきは、怖がらせたからな。その詫びだ。ま、お前が無理に付いて来たからだが」
(それでわざわざ? 組長たる人が……?)
あれだけの恫喝をしておいて、気にするのか。何だか氷室が可愛らしく見えて、優真は顔をほころばせた。氷室は、そんな優真の表情を、誤解したらしかった。
「あの惣菜屋、そんなに好きなのか? それで、あのクソガキに耐えてまで、近くにいたいってか?」
「まあ、あのお店だけじゃないですけどね。『わたあめ通り商店街』そのものが好きなんです……」
ふと、上京した頃のことがよみがえった。
優真は、小さな地方都市の出身である。元々は地元での就職を考えていたが、母親の再婚により、急きょ予定が変わった。
(成人した息子が同居していたら、義理の父が気を遣うだろう)
そう考えた優真は、地元を離れる決意をした。頑張って公務員試験にパスし、その後はどうにか、都内の区役所の内定を得たのである。
とはいえ、慣れない東京で、優真は密かに寂しさを感じていた。それを癒やしてくれたのが、あの商店街の店主らだった。人情味あふれる彼らと接していると、優真はまるで故郷に帰ったような錯覚をするのである。
「……あ、すみません、くだらない話して。いい年して、ホームシックみたいですよね」
つい喋りすぎたことに気づき、優真はあわてて謝った。だが氷室は、意外にも大真面目に否定した。
「いいじゃねえか。いざとなったら、帰る故郷と実家があんだろ? 幸せなこった」
その表情はどこか陰っている気がして、優真はドキリとした。
「俺には、身寄りがねえからな。物心ついた時には親は離婚してて、そこから親戚の家をたらい回しよ。この世界には、十代で入った。家事ができるのは、そのせいだ。若い頃、当番でオヤジの家の用事をさせられて、たたき込まれたんだ」
「そう、だったんですね……」
何だか変な状況だな、と優真は思った。解決料代わりに抱かれに来たはずが、なぜか手料理をご馳走になり、互いの身の上まで語り合っている。
(体で払えとか、ひょっとしたら冗談だったのかも。意外といい人っぽいし。三百万、少しずつ払うことで許してもらえないかな……)
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