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第3話

「いいよ、そんなの。……あ、でもさ」  彼女は身を乗り出すと、声を潜めた。 「お客さんて、その筋の人? ほら、月城組の組長さんと話してたじゃない?」 「いえ、あれはちょっとした人違いで」 「そうなんだ。ああ、びっくりした。いや、お客さんて、どう見てもカタギだしさ」  女店主は、ほっとしたような顔をした。そういえばあの時の彼女は、引きつった表情を浮かべていた。確かに、驚くのも無理は無いが。 「でも、結果的に困っていたのを助けてくださって。それで今日はお礼に、粉を買いに来たんです。彼、こちらのコーヒーがお好きみたいだから」  お礼、というのもまんざら嘘ではない。実際氷室には、騒音トラブルを解決してもらった。その上匿名通報のおかげで、職場でも上司の覚えはめでたくなった。これを機に不正受給を一掃しよう、と上層部は張り切っているくらいだ。 「なるほど。彼、カタギには優しいからね」  女店主は、うんうんと頷いた。 「是非プレゼントしてあげてちょうだい。……ええとね、組長さんがお好きなのは、この種類」  優真は女店主の勧めに従って、コーヒー粉を注文した。彼女は、饒舌に語っている。 「きっと喜ぶよ。最近はお忙しいみたいで、店にもなかなか来てくれないしね。配達してあげてもいいんだけどさ。というか、前は事務所に配達してたのよ。他のお客さんを怖がらせまいと、遠慮してるみたいだったから。それで、どうぞ来てくださいって言ったの」 「そうなんですね」  優真は、ふと切なくなった。氷室はこの商店街を守るため、今奮闘している。それなのに、堂々と来店もできないなんて……。 「ヤクザさんも、一人のお客さんだもの。差別はしたくないからね」  女店主が言う。そうですね、と優真は同調した。 「いつもお一人で来られるんですか?」 「そうよ」  女店主は即答した。 「それも、配慮だろうね。だって、子分たちがぞろぞろくっついてたら……、ねえ?」  彼女は、くすくす笑っている。優真もつられて微笑んだ。 「そうだ、これ、おまけね。彼、この味もお好きなんだ」  女店主は優真に、数袋のドリップコーヒーを押し付けた。 「人違いでも、組長さんに助けてもらってよかったね。うちの店で良い出会いがあったみたいで、あたしも嬉しい。『ランコントル』って、フランス語で『出会い』って意味だからさ」  彼女は帰り際、そう言って微笑んだのだった。

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