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第9話
それに、さっきから優真が苛立っているのは、氷室が今日の狙撃について全く言及しないことだった。城から報告を受けているはずなのに、心配のひとつもしてくれないのか。
「おい、何だ、その目は」
氷室が、優真の顎をぐいと捕らえる。優真は、その手を振り払った。氷室の目を見つめ、冷静に告げる。
「浮気はしていません。あなたの誤解です。でも、そんな風に疑うなんて、見損ないました。僕と別れてください。解決料の三百万は、お支払いします」
氷室の顔色が変わる。
「おい、本気か?」
はい、と優真は頷いた。心の中では、もう一人の自分が叫んでいた。
(違う。本当は、別れたくなんてない……)
「金はどこから調達するつもりだ。払うアテはねえんだろうが」
「あなたの知ったことじゃないでしょう。お金さえもらえば、出所なんてどうだっていいんじゃないですか?」
これで踏ん切りがついたではないか。優真は、無理やり自分に言い聞かせた。狙撃事件について心配するどころか、一方的に疑い責め立てるなんて、氷室に自分への愛情があるとは思えない。それなら、早く彼と別れるべきだ。そうすれば、何もかも丸く収まるのだから……。
「明日、全額そろえて……」
優真は、最後まで言葉をつむげなかった。氷室に胸ぐらをつかまれたのだ。彼の目は、怒りに燃えていた。
(殴られる……?)
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