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「蒼空」

「じゃあな、アラン。今日は日暮れまでには帰るから」 「おう。飲み屋に、一席設けて貰っとくから」  ルカの声にアランがそう言って笑ってる。  皆で地下から上がって、ふ、と空を見上げた。  地下にこもってたから。  やけに、空が眩しすぎて。  広くて、真っ青な空。綺麗だよなあ……。  この青空だけでも、ここに居ても良いなとか、少し、思ったりしてしまう。 「――――……」  オレの名前は、漢字だと、「蒼空」。  「空」だけだと、字画が悪かったって、父さん母さんが言ってた。  「青」よりも「蒼」の方がより良かったって。  ただ、「蒼」は、日本での昔からの意味では、ブルーよりはグリーン。  青に灰色がまざったような色の意味があったらしくて。 「蒼い空」が「青空」と同じ意味でも、使われるようになったのは最近なんだって。  小学生の時、自分の漢字の意味を、家族の人に聞いてくるっていう宿題が出た時、そう聞いた。  父さんと母さんは、オレの好きな意味で良いよって言ってた。 「青空」が好きならその意味で取って良いし、曇り空が好きなら、それでもいいよって。もう両方ひっくるめて、全部の空って、思ってもいいよって、言ってたから。  オレはその時から、オレの名前は、「全部の空」って、思う事にした。  小学生だったアホなオレは、その名前の意味を発表する授業参観で、「全部の空って意味です」ってだけ言ったらしくて、皆に、はて?て顔をされたとか。  結局、先生に聞かれて、母さんが簡単に説明させられたらしく。それで皆が納得してくれたとか。――――……オレは覚えてないけど、母さんが、「あんな授業参観でお母さんが話すなんて聞いたことない」って、恥ずかしがってて。父さんは笑ってて。大きくなっても何度か聞かされたエピソードなので、こんな時にも、咄嗟に思い出す。  ――――……「蒼空」って名前が、大好きだった。  青空も、曇り空も、夜の黒い空も、全部ひっくるめて、「オレの空」だもん、とか、思ってた。  空を見上げる事が、大好きで。  星も、大好きで。    まさか。  こんなよく分からない場所で、「ソラ」と、カタカナで呼ばれるとは。  思った事もなかった。……当たり前か。  目の前の皆が、今日どうしようか、話してる。  それをぼんやりと見ながら。  なるべく考えないようにしていた事が、不意に過ぎってしまった。  ――――……父さんと母さん、兄貴。  今、何してるんだろう。  向こうのオレは、どうなってるんだろう。  今、本当に長い夢を見てるだけなら、オレは寝てるだけだから。  向こうは、ただの日常なんだろうな。  ……もしオレが、向こうでは行方不明になってたりするなら。  父さん母さんや兄貴は、きっとオレをすごく探してたりするのかな。  ……その想像は、したくなくて。  夢だと、思い込もうと、してたけど。  戻ったらきれいさっぱり元どおりなら、帰るまでは、この世界で楽しく過ごそうとか思おうとしているけれど。  ――――……でも、この世界に、居てもいいな、なんて、思ったりすることがあって。ルカや、皆の側に居たいな、とか。都度、思ったりして。  そんなことが可能なのか、願えば叶うのかも分かんないし。  その場合、向こうの世界のオレと、オレの周りは、どうなるんだろう、とか。分からないことばかりで、何とも言えない。 「――――……」  空が、太陽が、めちゃくちゃ、眩しい。  キレイ。  キレイすぎて、何だか、涙が、出そうになる。  オレ、絶対不安定だよな。  楽しいとか、可愛いとか、嬉しいとか。色々あるのに。  ふとしたことで涙がでそうになる。  ――――……こんなこと、無かったのに。    足元がいつ崩れるかわかんない、不安。  どこかで吸い込まれて、自分が消えるかも、な、不安。  ただ戻れるなら良いけど。  ――――……また別の、もっと恐ろしいとことかに行くかもしれないし。  夢が覚めるだけならいいけど、 オレ、この記憶が残っていたら。  ……その時、ここに戻りたいって、思っちゃったりしないかなとか。  考えても、何も正しいことは分からない。  ただ無力に、ここに居るだけ。  自分の意志じゃない。――――…… すごく、不安。 「ソラ」  不意にルカが目の前に現れて。両頬を挟まれて、顔を上げさせられた。 「どうした?」 「……?」 「呼んでも、ぼーっとしてこっち見ねえし」 「……あ、うん。 空見て、ぼーっと、してた」 「ふうん……ま、いいや。ソラ、来いよ」  ルカに腕を引かれて、皆の所に連れていかれる。 「聞いたけど、至急の案件は無さそうなんだよ。で、お前も昨日偉い目に遭ったし、今日は休憩ってことになった」 「休憩?」 「隣の町に、温泉があるんだ。知ってるか、温泉」 「……お風呂?」 「そ、色んな効き目があるっていう、でかい風呂。 町全体が温泉を中心に、色んな商売や遊び場を作ってるらしいぜ。一回行ってみたかったんだよ、行こうぜ?」  めちゃくちゃ楽しそうに、鮮やかな笑顔を向けてくるルカ。  ――――……何だか。  ふわ、と気分が浮上した。 「――――……うん、行きたい」  ふ、とルカを見つめて、笑顔で頷いたら。  ルカも、くす、と笑いながら、瞳を細めて。  オレの頭をぐりぐり撫でた。  ルカって。  …………結構オレ様で。意地悪な時もあるし。結構色々大変なんだけど。でも。  ルカの笑顔って。  ……たまに、太陽みたいだな。なんて。  明るくて。  迷いも、吹き飛ばしてくれそうな。  考えても答えのない、不安な暗い中で色々考えてる時でも。  少しだけ、光を与えてくれるみたいな。  不思議。  

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