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祭りの夜
「いいか、清隆。緊張するんじゃないぞ。肩の力を抜いて、気楽に行け、気楽にっ!」
さっきからもう5回目になる同じ台詞を、敦は俺の両肩をしっかと掴んで繰り返す。
二重のパッチリした瞳にはいつにも増して気迫がこもり、獲物を狙うテンパったシャム猫みたいな顔になっている。
「おまえは日本一浴衣の似合う男だ! 花の都・東京にだって、おまえほどの浴衣男はいなかった! 今じゃいっぱしのシティボーイである俺が保証するっ! 自信を持て! 地方代表・ユカタ・ボーイの栄誉は、すでにおまえの手の内にある!」
テンションの高さも言動のおかしさも、かれこれ20年以上つきあってるとすっかり慣れっこだが、今日はまた一段とぶっ飛んでいる。
緊張するな、と言っている当人の方が、どう見ても緊張しまくりだ。
「はいはい」と苦笑で生返事をすると、
「なんだよ、そのたるい返事は! もっとしゃきっとしろ! やる気出せ!」
と今度は逆に気合いを入れられた。
『え~、それではただいまより3村合同・納涼浴衣ボーイコンテストを開催しま~す! エントリーされている方は~、舞台袖にお集まりくださ~い!』
自治会長のアナウンスが特設ステージの方から聞こえてきた。
俺たちの村と、近隣2村との合同で毎年行われる夏祭り。
今年のメインイベントである『浴衣ボーイコンテスト』に、敦が勝手に俺の名で参加登録したと知ったときは、さすがにポカンとしてしまった。
自分で言うのもなんだが確かに俺は爽やか系和風イケメンで、細マッチョの長身はどんな服でも軽く着こなせてしまう。洋風・今風のルックスで背も低い敦より、浴衣は着映えがするだろう。
過疎が進む村が3つ合わさったところで、若い男なんか数えるほどしかいないし、ミスター・ユカタの座は最初から俺に決まったも同然だ。
とはいえ、そんなしょぼい超ローカル栄誉にも、優勝賞品の花火1万円分にも、俺としては当然全く魅力を感じなかった。
だが、敦の狙いはまさにその賞品にあったのだ。
『パーッと燃やすんだよ』
と、敦は言った。
『1万円分の花火を一気に華々しく散らして、パーッと一発、景気つけてやんだ!』
飲めないくせに無理して開けたビールのジョッキ片手に、敦は豪快に笑った。
ヤケになった笑顔のその裏に、やりきれない慟哭を抑えつけて。
敦が燃やしたいのは花火じゃない。つらい恋の思い出だ。
3年前、『一旗上げるぞ!』と豪語して東京に出た敦は、3ヶ月前、ボロボロになって故郷に舞い戻って来た。一旗上げるためにコツコツ地道に貯めてきた金を、悪い都会の男にひっかかって巻き上げられた挙句、捨てられたらしい。
敦は昔から男運が悪かった。タチの悪いノンケばかり好きになり、何度も懲りずに騙される。
尽くしに尽くした果てにボロ雑巾みたいに捨てられては、失恋ヤケ酒会の相手に俺を呼び出した。
『俺の情熱はノンストップなんだ!』
というのが、そんなときの敦のお決まりの台詞だ。
『いいか? ゴールなんか考えないから恋なんだよ。だからな、後悔なんかしてないぞ! 恋も失恋も、人間何度だってするべきだ!』
失恋バンザ~イ! と両手を上げてつぶれる酔っ払いの頬を伝った涙の跡を、俺以外は誰も知らない。
俺はずっと、そんな敦を待ち続けた。
過疎の田舎で親父の農園を手伝い、おいしいぶどうを作りながら、最終的にヤツがズタボロになって、俺の胸で泣きにくるのを。
俺の想いに気づいて、しあわせにしてくれ、と言ってくるのを、
そう、もう何年も、待っている。
ヤツが悲しい思いをするのを願ってしまうその代償は、無条件の服従だ。こっぱずかしい浴衣コンテストに出場し、花火をゲットするくらいお安いご用、いくらだってしてやれる。
「さてさて優勝は……山渡村の相馬清隆く~ん! おめでとう!!」
自治会長の芝居がかった発表と、村人の拍手喝采の中、俺はステージの中央に進み出て、賞品の花火1万円パックを受け取った。
観客席の端、視界の隅に敦の姿が見えた。 頭の上で手を叩き、満足そうに何度も何度も頷く姿は、金メダリストを育てたコーチさながらだ。
一言、と差し出されたマイクを受け取り、俺は客席に向き直る。
「えっと、いいですか? ちょっとこの場をお借りして、俺、告白したい人いるんで……」
おお~、とか、ひゅーひゅーとか、行け~とか、ひやかしのどよめきが観客席全体を震わせた。
いくら気の長い俺だって、待つのにももういい加減飽きてきた。村の青年団長候補で優等生の俺だけど、たまには祭りのテンションにまかせて暴走するのも悪くない。
一つ仰々しく咳払いし、俺は今夜こそやってやると決めてきたことを決行する。
「高城敦! 俺はおまえが好きだ! もういい加減ふらつくのはやめて、俺にしとけ! 一生大事にしてやる!」
一瞬の沈黙。続いて沸き起こる大パニック。
俺ファンの女の子のいや~!、という悲惨な悲鳴とか、親父の、跡継ぎはどーする! とかいう怒号が聞こえてきたが、 俺はもうほとんど聞いていなかった。
敦が背を向け逃げ出したからだ。
ステージから飛び降りて、駆けて行く背中を追った。
浴衣ってヤツは全力疾走するには全く向いていない。
祭り会場からかなり離れた川べりでやっと、すばしっこいヤツの腕を捕まえた。
「バッカヤロー!!」
敦は俺の手を振り払い、きつい猫目で睨みつけた。
「あんな晴れ舞台で何言い出しやがんだよ! 息子がモーホーのそしりを受けて、家族全員村ハチになったらどーすんだよ!」
「まっさか。今時それはなかろう」
「ヘラヘラ笑ってんじゃねーよ! ちょっと浴衣が似合うくらいでつけ上がってんじゃねーぞ! おまえみたいなカントリーボーイとシケた村でおとなしく添い遂げるなんてちゃんちゃらごめんだね、バーカ! だ、大体俺は誰か一人につかまったりしねーんだよ、未来永劫恋愛ボヘミアンなんだから! 恋なんか、失えば失うほど人間ってのは味が出んだ!」
「でも、いい加減つらいだろうが」
機関銃のような敦の言葉をポツリと遮った一言に、ヤツは一瞬ポカンとし、何かに耐えるようにギュッと眉根を寄せた。
「つ、つらくなんてねー! 俺、全然後悔してねーし! いつだって俺は、マジで好きで、別に相手が遊びだって、本気で好いてもらえてなくたって、俺は全然、全然平気で! 俺は……!」
「わかったわかった。いいから、もう」
見る見る潤んでくる瞳にたまらなくなって、震える細い肩を抱き寄せ、小さな顔を肩に押し付けた。
「放せ、バカ!! チクショー! チクショーーー!!」
俺の胸に小さな拳を叩きつけ、嗚咽交じりの悪態をつく敦。
『もう……もういやだっ』と、悪態の合間にくぐもった小さな一言が肩口から漏れた。
そして、両手が背に回される。ぎゅっと、救いを求めるように、俺にしがみつく。
「よく一人でがんばってきたな。おまえはえらい」
激しくなった嗚咽にしゃくり上げる背中を、何度も何度も撫でてやる。本当はすっかり空っぽになっていた心が、少しでも満たされるように。
溜め込んだ涙を全部流させてやったら、一万円分の花火を景気よく打ち上げよう。悲しい思い出を燃やすためじゃなく、新しい一歩を祝うためだ。
「俺は、ぶどう園手伝わないぞっ。虫が嫌いだからなっ」
俺の浴衣の胸元で盛大に拭いた顔を上げて、敦がでかい目で睨み上げてきた。
たった今ままでべそかいてたくせに偉そうなのがおかしくて、頭をグリグリ撫でてやると、うるさそうに振り払われる。
「何もしなくていいから、そばで笑っててくれ」
我ながら照れくさくなるほど熱のこもった気障な台詞に、
「ったく、何カッコつけてんだ、カントリーボーイのくせに」
と、笑った顔はびっくりするほど素直に嬉しそうで、今度は俺の目の奥が熱くなった。
待ち続ける夜は、昨日でもう終わりだ。
☆END☆
※お題:「浴衣」「花火」「失恋」
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