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第2話

「この時間だと、食堂はもういっぱいかもな」  食堂棟に向かう廊下を歩いていると、隣にいるミヒャエルが、残念そうに言った。  魔法学院の食堂は安価な上に栄養価も高ければ、美味しいと生徒たちにとても人気がある。  なんでも、現在は王族が在籍していることもあり、城から専用のシェフを招いているという話だった。 「ミヒャエルは食堂のご飯、大好きだよね」 「そりゃあ、食堂の飯を楽しみに学院に来てるようなもんだから。うちの料理長が作る飯より上手いくらいだし」  ミヒャエルも貴族、しかもそれなりに高い地位を持つ貴族の子弟の一人だ。  けれど、平民のリーラに対しても気さくに話しかけ、仲良くしてくれている。   長身でしっかりとした体躯を持ったミヒャエルは顔立ちもなかなか良いため、女生徒にも人気が高い。 「もし食堂がいっぱいだったら……」  とりあえず売店で軽食だけでも買おうか、そんなふうに言おうとしたリーラの言葉は、途中で止まった。  ちょうど二人とすれ違った一つ上の生徒三人が、じろじろとリーラの顔を見ていったからだ。 「……今の子見た? すげえきれいな顔してた」 「ああ、一学年下の奴だろ。平民出身で特待生っていう」 「平民はちょっとなあ……オメガならともかく」 「いやいや、この学院にオメガがいるわけないだろ」  聞こえてきた三人の言葉に、なんとなくきまりが悪くなる。容姿や身分のことを言われるのは今に始まったことでないとはいえ、やはり慣れない。  入学した当初は制服の上からみなローブを着ていたため、それについているフードでなんとなく顔も隠せていたが、最近は気温が高くなったこともあり、ローブを着ている生徒も減ってしまった。  なんとなく気まずく思ったリーラは、フードをかぶり直す。 「言いたい奴には言わせとけよ」  閉口してしまったリーラに対し、ミヒャエルがこっそりと話しかけてくる。 「うん……」 「まあ確かに、お前の容姿は目立つからなあ」 「……ミヒャエル」  憮然とした顔で名前を呼べば、ミヒャエルが誤魔化すように笑った。 「悪い悪い、お前は顔を褒められるの嫌いだよな。だけど実際、オメガにだってなかなかいない美人だと思うぜ」  冗談めかして言うミヒャエルの言葉に、リーラは引きつったような笑いを浮かべる。 「褒めすぎだって。希少価値が高いだけのことはあって、オメガの美しさは特別なんだから」 「まあな~。しかも、発情期にはすごい良いにおいするって話だし……あ~いつか嗅いでみたいよな」  卒業したら絶対オメガの恋人を作る、と意気揚々と言うミヒャエルに、リーラは苦笑いを浮かべる。 「って、悪い。リーラにはオメガのにおいはわからないのに」 「気にしないで。バース性にとらわれる必要がないっていうのも、楽なものだし」 「確かにな。そもそも、ベータでこの学院の特待生って初めてなんだろ? すごいよなあ、リーラは」  感心したように何度もミヒャエルが頷く。そんなミヒャエルにリーラは困ったような笑いを浮かべ、誤魔化すように視線を中庭へ向ける。  屋根のない渡り廊下からは、ちょうど学院の中庭がよく見えた。広々とした中庭は生徒たちにとっては憩いの場となっており、季節毎に美しい花々が咲き乱れている。  今の季節は花こそ多くはないが、新緑が眩しく、瑞々しい木々のかおりがした。  こんな日は、それこそ外に出て日向ぼっこでもしていたい。草木に囲まれて育ったリーラにとって、ずっと建物の中にいる方が窮屈に感じる。  木々に見とれ、思わず一瞬立ち止まってしまう。ちょうどその時、突風のようなものがリーラの頭の上を通り抜けていった。 「わあっ?」  その勢いでフードがとれ、目の前が一気に明るくなる。  リーラの声に、少し前を歩いていたミヒャエルも、慌てたように振り返った。  ハッとして視線を前へやれば、風だと思ったものは、大きな鳥だった。そして白い頭が特徴的なその大鷲には既視感があった。  あ……。  青空へ向かって羽ばたき、一度だけ弧を描くように回転すると、大鷲はピューという気持ちよさそうな鳴き声を上げ、手を伸ばした長身の男性の指の上にピタリと留まった。  ダークブロンドの髪を持つ長身の青年には、見覚えがあった。 「びっくりしたなあ。殿下の大鷲かあ……」 「う、うん……」  アルブレヒト・リューベック。この国の第一王子であり、二学年上の青年は、学院内で絶大な人気があった。  文武に秀で、始祖王も超えるほどの魔法力を持つという青年は、次期王の第一候補であり、常に注目の的だ。  いつも何名もの生徒に囲まれているため、一人でいるのを見るのはなかなか珍しい。 「かっこいいよなあ、アルファの中のアルファって感じで……」  呆けたようなミヒャエルの言葉を聞きながら、リーラは大鷲の世話をするアルブレヒトをじっと見つめる。  長身に逞しい身体、潤沢な魔法力、それらは全て、リーラには持ちえないものだ。  ちょうどその時、アルブレヒトの視線がこちらへと向いた。  少し離れた場所にいるとはいえ、空を思わせるような青い瞳に見つめられ、慌ててリーラは視線を逸らす。  以前、一度だけ話したことはあるが、リーラはアルブレヒトを苦手に思っていた。 「い、行こうミヒャエル」 「あ? ああ……」  ミヒャエルにとっては、アルブレヒトは憧れの存在なのだろう。未だ視線を向けているミヒャエルを促し、リーラは足を進めた。  だから気づかなかった。アルブレヒトの視線が、自身に向けられたままだということに。  アルブレヒトの姿を見たためか、ミヒャエルは食堂に着くまで、しばらくの間彼について熱く語っていた。  ミヒャエルだけではなく、学院内に彼のファンは多い。第一王子という立場でありながらも、明るく気さくな性格で、色眼鏡で相手を判断することもない。  誰に対しても平等に優しく、そして威厳も併せ持っている。幼少期から帝王学を受けているからだろう、生まれ持っての上に立つ者とは、彼のような存在なのだろうとリーラは思う。   同じ学院の生徒ではあるものの、自分とはあまりにも違いすぎアルブレヒトはどこまでも遠い存在だった。

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