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第3話

「やっぱり座る場所はないかあ……」  多くの生徒で賑わっている食堂を見たミヒャエルが、大きなため息をついた。  学院の食堂は広く、数百名もの生徒が一度に食事がとれるようになっている。  けれど、学年が上がれば学院の授業以外にもそれぞれが目指す仕事先での研修が始まるため、普段であれば込み合っているとはいっても席がないということは滅多にない。  しかし、今日は必須科目である実技の授業が午後からあるため、多くの生徒が学舎内に留まっていた。 「待ってたら食べる時間もなくなっちゃうから、今日は売店で……」 「リーラ?」  リーラの言葉は、聞こえてきた声によって遮られた。 「エーベルシュタイン殿下」  華やかな金色の髪に、深い青色の瞳を持った端整な顔立ちの青年の名を呼べば、小さく微笑みかけられる。  隣にいるミヒャエルは、エーベルシュタインの存在に気づくと、慌てたように背筋を伸ばした。 「これから昼食?」 「はい。ただ食堂はこの状況なので、売店で何か買ってこようかと……」 「だったら、こちらの席に来ないか?」 「え?」 「友人たちに席をとっておいてもらったんだが、教師への質問が長引いて、俺だけ遅れてしまったんだ。みなもう食べ終わって教室に戻るそうだし、ちょうど席ならあいているから」 「よろしいんですか?」 「ああ、勿論。君に話したいこともあったんだ。よかったら、隣にいる彼も一緒に」 「へ!? あ、はい……!」  エーベルシュタインに目配せをされたミヒャエルが、素っ頓狂な声を出した。 「あ、ありがとうございます……」  リーラが素直に礼を言えば、優雅に微笑まれる。  そのままエーベルシュタインの後をついていけば、隣にいるミヒャエルが小声で話しかけてきた。 「エ、エーベルシュタイン殿下と親しいのか?」 「話したことなかったっけ? 専門学科の先輩だって」 「いや、聞いてたけどこんなに親しいなんて知らなかった……」 「別に普通だよ、殿下はみんなにお優しいから」  ミヒャエルは、リーラの言葉になんともいえない顔をした。  魔法学院はいくつかの専門学科に分かれており、リーラは医科に在籍している。  エーベルシュタインは政治学科と医科をかけ持ちしているため、二学年下のリーラとも時折授業が一緒になる。  王族は、専門学科を二つ学ばなければならないからだ。  そして多くの王族は、アルブレヒトのように政治学科と軍科を選択する。  医科を選んだエーベルシュタインは珍しいタイプだが、話を聞けば、エーベルシュタインの母である第一王妃は身体が弱く、そのためにも医学を学びたかったそうだ。  地位や立場は全く違うとはいえ、母を流行り病でなくしたリーラは少しばかり親近感を持った。  この国の第二王子であるエーベルシュタインと初めて会ったのは、入学式だった。  当時田舎から出てきたばかりのリーラは学院に着くのすら長い時間がかかり、着いた後もさらに広い敷地の中で途方に暮れてしまった。  そんなリーラに声をかけてくれたのが、エーベルシュタインだった。  リーラが新入生であることがわかると入学式が行われる講堂まで案内してくれ、その時の親切な上級生が式の途中で第二王子であることがわかった時には驚いた。  学年が違うため、毎日のように顔を合わせるということはないが。それでも、会うたびに何かしらリーラのことを気遣ってくれている。  地方の農村出身者で、平民で特待生というリーラの立場は、否が応でも目立つ。  多くの生徒からは、自分たちとは違う、まるで存在しない者のように扱われているが、時折気にせずに接してくれる存在もいる。  それが、友人であるミヒャエルと先輩であるエーベルシュタインだった。もう一人、女子生徒であるティルダも他の二人と同様にリーラに対し接してくれるが、それくらいごく一部の生徒だけだ。  エーベルシュタインの友人たち、おそらく将来の側近候補たちがとっていた席は、窓からの光が差し込むとてもよい場所だった。  ちょうど横並びに、エーベルシュタインの隣にリーラが座り、その横にはミヒャエルが座った。  学院の食堂は、食堂と名はついているものの、レストランのように給仕がそれぞれの席を担当する。  エーベルシュタインがいるからだろう、初老の給仕はいつも以上に丁寧な態度でオーダーをとり、厨房へと下がっていった。  さすがにマナー違反だろうと立ち上がり、ローブを脱ぐ。学院の制服は男子はテイルスーツが基本だが、そろそろ中のブラウスを袖の短いものにした方がいいかもしれない。 「リーラ、ちょっとそのままで」  ローブをかけて椅子に座ろうとしたリーラに、エーベルシュタインが声をかける。 「あ、はい」  立ち上がったエーベルシュタインの長い手が伸び、ローブから何かを摘まみ上げた。 「鳥……、鷲の羽根?」  椅子に座り直したエーベルシュタインが、怪訝そうに手に持った羽根を見つめる。 「あ……」 「ああ、おそらくアルブレヒト殿下の大鷲のものですね。先ほどリーラの頭の上を飛んでいったんですよ」  リーラが説明する前に、隣にいたミヒャエルが口を開く。ミヒャエルに悪気はないとはいえ、一瞬頭を抱えたくなる。 「リーラの頭の上を……? 学舎内に動物を入れたのか? 後で注意を……」 「ち、違います、エーベルシュタイン殿下。ちょうど渡り廊下を歩いていた時に、頭の上を飛んでいっただけですから」  力の強い魔法使いの多くは、使役する動物を飼っているが、それを学舎内に入れるのは校則で禁じられている。  けれど、渡り廊下には屋根がないため、おそらく学舎の定義には当てはまらないだろう。  慌ててフォローするように口にすれば、僅かにエーベルシュタインの形の良い眉が寄った。 「どちらにせよ、不衛生だな」  そう言うと、エーベルシュタインは自身の手の中にあった鷲の羽根を、淡い緑色の光で瞬く間に消し去った。  物体を消失させる魔法は、かなり高度で使いこなせる者は学院内でも僅かしかいない。  目の前でそれを目にしたミヒャエルは瞳を輝かせている。  リーラは複雑な面持ちで、それを見つめていた。  アルブレヒトとエーベルシュタインは同い年の兄弟ではあるが、それぞれ母が違う。  かつては一夫多妻が許されていたリューベック王国だが、現在では原則として王は一人の妃しか持てない。けれど、許嫁であったエーベルシュタインの母である第一王妃は身体が弱く、子が望める可能性が少なかったこともあり、第二王妃を娶ることが許可されたのだ。  結果的に、第一王妃はエーベルシュタインを産むことができた。けれど、ちょうど同じ年のひと月ほど前、第二王妃も子を産んでいた。それが、アルブレヒトだった。  名称こそ第一、第二という違いがあっても、王妃の序列は変わらない。それぞれがリューベック王国の三大名家の出身でもあったからだ。  さらに、リューベック王国においては第一子が王位継承権を持つわけではなく、現国王と、さらに三大名家のそれぞれの長の意見をもとに次期王が選ばれる。  つまり、アルブレヒトとエーベルシュタインは次期国王の座を巡って対立しているといっても過言ではない。  ……やはり、エーベルシュタイン殿下にとってはアルブレヒト殿下の存在は面白くないのだろうか。  先ほどの、大鷲の羽根を見つめていた時のエーベルシュタインの冷めた瞳を思い出す。  時折、式典に一緒に参加しているのは見るが、口をきいている場面を一度も見たことはなかった。  そのため、両殿下は不仲であるという話がまことしやかに囁かれていた。  無理もない。生まれた年も同じなら、どちらの母親も名家の出で、どちらも文武に秀で、さらに強い魔法力も有している。そして、父である王は一緒だからだろう。  髪と目の色こそそれぞれ違うものの、長身でしっかりした体躯に、整った顔立ちというところも共通していた。けれど何より。 「すごいですねエーベルシュタイン殿下! 見事な消失魔法でした」 「別に、大したことじゃない。君も、アルファだろう? 鍛錬をすれば、使いこなせるようになるはずだ」 「あ、ありがとうございます」  エーベルシュタインから声をかけられ、さらにアルファだと識別されたことが、よほど嬉しかったのだろう。興奮したように顔を上気させるミヒャエルを横目で見ながら、リーラは人知れずため息をつく。  多くの類似点を持つアルブレヒトとエーベルシュタインだが、どちらも第二の性、バース性はアルファだということも共通していた。  魔法力を持つ魔法使いと、それを持たない人間の二つに分かれているこの世界は、男女以外の二つ目の性、バース性が存在している。

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