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13 告白

 週末。午後から侑が遊びに来る。何となく気が重く、近所のコンビニに灰皿を借りに行く。最近はこういうことはしていなかったのだが……。寒空の下、気づけば一時間近く居座ってしまった。中華まんを買って帰った。    帰ると既に侑が来ていて、不機嫌そうに健を出迎えた。声のトーンが低い。   「兄ちゃん、なんで家にいないの。おれが来るの知ってるくせに」 「……ごめん。ちょっと、用事。これ、お土産」    しかしレジ袋を渡すと、ころりと機嫌が転じる。   「おれに? いいの? 肉まん? あんまん?」 「色々あるから、好きなのいいよ」 「やったぁ。どれにしようかな」    侑が袋をがさがさやり始めた隙に、健は洗面所へ行って手を洗い、ついでに顔も洗った。嫌になるくらい冷たくて、目が覚める。   「兄ちゃーん、おれ普通に肉まんがいい。食べていい?」 「いいよ」 「兄ちゃんは何食べる?」 「僕は何でも……」    リビングに戻り、炬燵のそばの引き出しを開ける。奥底に、あの赤い箱が眠っている。引っ張り出して、テーブルに置いた。美味そうに肉まんに齧り付いていた侑は、目を点にする。口の中のものがぽろりと零れる。   「にっ……なっ……それ……」 「ごめんなさい。僕が盗りました」    健は潔く土下座をした。床に額を擦り付ける。侑は呆気に取られて何も言えない。   「ランドセルの中にちらっと見えて、どうしても……これから、侑は普通に女の子とデートするようになるのかと思ったら、それがどうしても嫌で。でも、告白を断れなんて言うわけにもいかないし。だからこれ、ずっとここに隠したままで、言い出せなくて、今日まで。大事なものを失くしたって泣いてたけど、僕が盗んだだけだから、侑は何も悪くないから」 「……え、あ、えと……と、とりあえずその、普通に座って……」    戸惑いを隠せずに侑は言う。健は頭を上げる。   「え、え、その……つまり、なに? どういうこと? なんでこれ兄ちゃんが持ってるの? おれ、失くしてないの?」 「……だから、ランドセルの中にあったのを僕が勝手に盗ったんだよ。あの時、手洗いに行ってたでしょ」 「あ、そっか、そういう……で、でも、それでなんで女の子とデートすることになるの? 告白とかも、別にされてないんだけど……ていうか、なんで兄ちゃんがこれ取るの?」 「だってこれ、学校で女の子にもらったんでしょ。どう見ても本命チョコだよ。開けたらきっとラブレター入ってるよ」    途端、侑は顔を真っ赤にして蓋を押さえる。   「にーちゃん、もしかして中身見た?」 「見てないよ、さすがに。でも箱だけでわかるでしょ。これくれた人、きっと侑のことが大好きなんだよ」 「ち、ちが、そんなんじゃ……」 「そんなことあるよ。だってハートの箱に詰めてくるなんて、相当気合入ってるでしょ。よっぽど好きなんだよ」 「ち、ちがうったらちがうの!」    侑は声を張る。   「ち、ちがうんだよ……その……だ、だって、これ……お、おれが、作ったやつだから……」    今度は健の目が点になる。   「えっ……?」    まさか、ただ盛大な勘違いをしていただけだったというのか。全部空回り、独り相撲だったのか。侑はいまだ赤面して、くぐもった声で話す。   「か、母さんに手伝ってもらって、作った……元々、にーちゃんに渡すつもりだったし、盗むも何も……それで、あと、これ……」    鞄から、真っ赤なハート形の箱を取り出す。オフホワイトのリボンが掛けられているところまで、健が引き出しに隠していたものと瓜二つだ。   「これ、あげる……バレンタインだから……」    伏し目がちに差し出した。呆然としつつも、健はそれを有難く受け取る。   「わざわざ作り直したの?」 「だって……失くしたと思ってたから……」 「そっか……あ、ありがとう。嬉しい」 「……も、ほんとやだ。ほんとはこんなつもりじゃなかったのに……」    侑はそっぽを向き、体を小さく丸める。紅潮した顔を隠したいのだ。   「にーちゃんのばか……予定が狂うじゃん……」 「蓋、開けていい? 開けるね」    箱の中には、何とも可愛らしい手作りのチョコレートがいくつも詰まっている。市販のミルクチョコを溶かして銀紙の型に流し込んで固め、アラザンをトッピングしたりカラーチョコペンでデコレーションしたりした、とにかく小学生らしく素朴で可愛らしいチョコレートだ。   「……に、兄ちゃん?」    健が黙り込んでいるので、侑は不安そうな声で言う。   「チョコ、好きじゃなかった?」 「……好きだよ」 「ほ、ほんと? じゃあもっと喜んでよ」 「喜んでるよ。喜びを噛みしめてる。だってこんなに……チョコレートもらってこんなに嬉しいの、生まれて初めてだから……」 「そ、そうなの」 「うん。すごく嬉しい」    侑は照れくさそうにそわそわする。健も、自分の言った言葉で恥ずかしくなる。   「じゃ、じゃあ、食べるね」    ハート形のものを手に取る。表面にもピンクのチョコペンでハートが描いてある。銀紙を剥いて、一口で頬張る。   「……甘酸っぱい」 「すっぱい? そのピンク、いちご味なの?」 「ううん。甘いよ。侑も食べてごらん」 「でもそれ、兄ちゃんのだよ」 「いいから。一緒に食べた方がおいしいよ」    もう一個、ハート形のものを侑に食べさせる。侑は頬を綻ばせる。   「……あまぁい」 「おいしいでしょ」 「えへへ。おれ天才かも」 「もう一個食べる?」 「おれもにーちゃんにあーんってしたい」 「えー、やだよ」 「いいじゃん、一回だけ」    ほのぼのとした時間が流れた。  ところで、気になるのは古い方の箱の中身だ。侑が作ったというのなら、こちらにも同じようなチョコレートが入っているはずだ。蓋を開けようとすると、侑が慌てて阻止する。   「ちょっ、こっちはだめだから!」 「でもせっかくだから」 「だ、だめったらだめ。開けちゃだめ!」 「隠されると余計気になるよ。だめな理由でもあるの?」 「だ、だめ、ほんと、こっちはだめなの――」    少々強引に、蓋を開けた。侑は真っ赤になって、両手で顔を覆い隠す。しかし中身は何の変哲もない、新しい箱に入っていたのと同じような手作りチョコが並んでいるだけだ。いや、一か所だけ違うところがある。名刺大のメッセージカードが一枚入っている。真っ白な紙に、拙い文字でメッセージが書いてある。   「いつもありが――」 「なっ、なんで読むのぉ! 読まないでよ!」 「だって書いてあるから」 「だからって読まないでよ! もうそれ返して!」 「でもこれ僕にくれるんでしょ」 「そーだけど、それはちがうの! もぉぉー、いじわるしないで!」    カードを取り返したい侑と奪われたくない健との間で攻防戦が繰り広げられる。わやわや揉み合い、縺れ合ってカーペットに倒れた。腹の上でなおも暴れる侑を、健は優しく抱きしめる。   「僕も大好き」    そう囁くと、ぴたりと動きを止める。   「……好き?」 「うん。だぁい好き」 「……おれのこと?」 「他に誰がいるの」    侑はのそりと起き上がる。怒っているのか照れくさいのか、膨れっ面をしている。   「……おれのそれ、好きな人にしかあげないチョコだよ」 「わかってるよ。箱見ればわかるって言ったでしょ」 「……それでも、好き?」 「うん。好き」    侑は感極まったようにぷるぷる震え、いきなり健の胸に飛び込んでくる。ぐりぐりと頭を擦り付ける。   「おれね、おれ、ずっと待ってたんだよ……! にーちゃんが好きって言ってくれるの、ずぅっと待ってた!」 「うん。ごめん」 「これからはいっぱい、いーっぱい、好きって言って!」    侑は初めからずっと真っ直ぐに素直な思いを伝えてくれていたのに、大人の自分が今更になって、しかも侑の言葉に応える形でしか思いを伝えられないなんて情けないとも思うが、それでも。   「好きだよ」    侑は弾けるような笑顔を見せた。    チョコレートは古い方から順に平らげ、残りは冷蔵庫に仕舞った。侑が帰った後、もらったメッセージカードを眺めて密かににやにやする。引き出しの最上段、通帳や印鑑と一緒に仕舞った。

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