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第5話

 こんな冬にでも波が良ければ客はやって来る。  予約が入れば、土、日曜日には倉庫に暖房を入れて、シャワー室の開放や温かい飲み物や軽食を振舞う。そんな家の仕事を手伝っていた。そのまま夜になれば、勇魚がやって来て、一緒に勉強するふりで客の残り物を食べ、置いてある寝袋に一緒にもぐりこんで夜を過ごした。  だけどもう勇魚は来ない。  それでも習慣のように客の残り物を食べ、片づけを済ませると寝袋に潜り込んで、冷たい倉庫の床に寝そべった。  白い息を吐き、波の音を聞きながら、天窓が白く照らす倉庫の中をぼんやりと見る。そして、そこで跳ねる勇魚の白い身体を思い出した。喘ぐ低い声を、投げ出された真っ白な腕を。  ガタンという音を夢うつつで聞いた。  沈んだ意識、触れる手の冷たさ。  開いた視界に、あったのは。  真っ白な頬。ぱちぱちと瞬きを繰り返す瞳。  押さえた嗚咽、震える唇。 「いさな」  そう声をかけると、瞳が涙を零した。寝袋を開いて腕を伸ばすと冷え切った身体が飛び込んでくる。 「あした、なんだけど」 「うん」  明日、勇魚は行ってしまう。そして、試験に受かれば東京で暮らすことになる。 「オレ、オレは……」 「頑張れよ」  勇魚の言いたい言葉を俺は押し潰した。  行くなよ、そういいたい気持ちを押し殺した。 「頑張れ、頑張れ」  泣く勇魚の背中を撫でながら俺は呟く。  同時にそれは、自分自身を励ます言葉だった。  明け方、そっと唇が重なった。  勇魚が寝袋を出て行く。  俺は寝たふりをしてそれを見送った。

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