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第11話
福嶋への気持ちを自覚したからといってどうにかできるわけでもない。
相手は上司で、そもそもストレートとわかりきっているし、こちらを推しキャラに似た部下くらいにしか思っていないのは百も承知だ。だからあと少しの期間、好きという気持ちは封じ込めて任務をまっとうしなくてはいけない。プロジェクトが終わるまで、残り二週間を切っていた。あとっちょっとだけ我慢すれば、上手く切り抜け笑顔でありがとうございましたと言える。大丈夫、自分はもう大人だから隠し通せると言い聞かせる。二度目は失敗しない。
日曜日。家で寝ていたところを一番上の姉、美子にたたき起こされた。連行されたのは駅ビルから直結する高層ホテルの一五階だった。ウエディングドレスの試着をするらしい。美子は秋口に結婚式の予定を控えている。
「僕の意見なんか全然参考にならないと思うんだけど」
「しょうがないじゃない。まさくんは仕事、お母さんたちは町内ボウリング大会だし亜子はデートだし。あんたでもいるだけましよ。てか最愛のお姉様に一人でドレス試着するなんて惨めなことしろっての?」
「はいはい、付き合わせて頂きます」
サロンには様々なドレスが所狭しと吊られていて、ああでもないこうでもないと美子は次々に試着していく。ウエストが細く見える、とか裾がふわっとしてて良いといつのまにか了も真剣になって意見しながらたっぷり時間をかけ四着も着終わると時刻は夕方になっていた。一面に張り巡らされたガラス窓から夕日がこぼれている。
「まささんはこの付き添いをあと何回するの?」
「そりゃ私が納得するドレスを決めるまでよ。あ、貰ったパンフレット忘れちゃった。ちょっと待ってて、取ってくる」
女性の結婚に掛けるパワーを目の当たりにして了は少し気が遠くなった。
一階に降りるエスカレーター前で美子を待っていると見慣れた人物をロビーに見かけた。福嶋だった。
休日にホテルで一体なんの用だろうか。偶然会えて嬉しいという昂揚と、好きな人のプライベートに出くわしてしまった緊張で了は柱の陰に咄嗟に隠れた。
話しかけてみようか迷っていると、背の高い女性が福嶋に近づいていった。肩甲骨にまでかかるエキゾチックな漆黒の髪をさらさらなびかせている。福嶋と同じくらいの歳だろうが掘りの深さは日本人のそれじゃない。薄くて上質な絹のドレスをぴたっと身体のラインに沿わせ身に纏っていた。よく見ると福嶋もいつものスーツではなく、黒いタキシードで胸元には水色のハンカチをさしている。完全によそ行きだ。
女性を確認して微笑んだ福嶋が腰を折り、慣れた仕草で女性の甲を手に取って軽く口づけた。それはまるでお姫様に忠誠を誓う騎士のように、慈愛に満ちた物腰で。
「あっ…」
了は思わず柱の陰から声を上げた。二人は親密な空気のまま、腕を組んで客室がある方のエレベーターに乗っていった。
「お待たせ。了? 何やってんの、早く行くよ。コルセットでぎゅんぎゅん締め付けられてお腹すいちゃった」
「う、うん…」
夕方に、高級ホテルでドレスアップした女性と待ち合わせ。デート以外の答えがあるなら教えて欲しい。
福嶋が超絶女性にモテることなんて、地球が太陽の周りを回るくらい不変の真理だ。いつか話の折に一人身だと言っていたけれど、結婚していないこと自体が不自然だし、恋人や遊び相手の一人や二人いてもおかしくない。「可愛い」と了を何かにつけて愛でるのは福嶋の好きなコリーノに投影しているからであって自分自身に対してではない。
「そりゃ、そうだよな…」
わかっていた。そんなの全部、わかっているはずだった。
でもやっぱり、ショックを隠せなかった。
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