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第12話

 週明け出勤すると、もちろん向かいの席に上司は座っている。仕事に私情を持ち出すのはよくないと戒めてみても、ホテルで見た女性のことが気になって朝から集中できないでいた。 「さあ、私はどんなのミスの報告を聞けばいいですか?」  ぱさりと分厚い資料を閉じて福嶋は了に目を合わせた。 「えっ」 「出勤したときからずっとちらちら伺ってるじゃないですか。気づいてますよ。何やら良くない知らせですね。表情も沈んでます」  ずっと見ていたのを、気づかれていたとわかって更に狼狽する。  こんな時にまで観察眼を発揮しないでほしい。 「言いたいことがあるならはっきり言ってください。どうしたんですか?」 「あの、…上の姉が結婚するんですけど、日曜日に…ドレス選びの付き添いに、一緒に行きまして。それで…」 「うん」 「さ、寂しいなあと…」  視線を散々泳がせながら、本当のことはどうしても切り出せなかった。  あの方は恋人なんですかと聞いて面と向かって肯定されてしまったら、今後仕事において自分のパフォーマンスに大きく影響してしまうかもしれない。  せっかくここまで地道にやってきて褒められるまでになったのに、最後にミスをしでかしてしまって信用を失うのは怖かった。  福嶋はふっと仕事の顔を隠して、優しく笑った。 「かけがえのない人が自分の元を離れることは大きな転機ですからね。私も妹の結婚式の日に悲しくて、大人げなくバージンロードのエスコートを拒否しましたよ。相手は私の友人でしたから、取られたみたいで許せなかった。四年も前なので今はもう何とも思ってませんが」   福嶋の言葉が優しければ優しいほど、尖って心を刺してくる。 「泣きたいときにはこの胸、いつでもお貸ししますよ」  長い両腕を広げてみせる。胸が締め付けられて痛かった。  もう言ってしまいたい、と衝動的に思った。  この先仕事に支障が出てもいい、こっぴどく振られてもかまわない。ただこの胸に飛び込んで好きです、と言いたかった。  でもそんなこと、臆病な自分にできるはずもない。  見えない机の下で拳を握りしめて、「大丈夫です」と弱々しく首を横に振るのが精一杯だった。
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