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第14話

「なんだったんだろう、あれ…」  さっきの福嶋の奇妙な反応を歩きながら考えた。  自分に対しての嫉妬…まさか、ありえない。だとすると社内の飲み会なのに、自分だけ蚊帳の外で面白くなかったとか?   いや、着任当初気を遣い福嶋の歓迎会でもしようかと提案した際「私のような立場の人間は特定の社員たちと仲良くしてしまうと厄介になってしまいますので結構です」と断っていたのでこれもぴんとこない。  残るは女性と戯れる色気づいたコリーノを想像してしまいショックを受けた…この可能性は大いにありえる。  コリーノはいつだってカズの隣で困ったカズを助ける相方だ。  コリーノが恋愛にかまける場面を想像し面白くなかったに違いない。  妙にとげとげしかった福嶋にそれ以上の深い意味はないとわかりつつ、眉をひそめる姿を見て実はちょっと嬉しかったのも事実だった。  自分の行動を少しは気にしてくれているんだ、という身勝手な自尊心に了は戸惑う。自分自身に向かう嫉妬でもないのに、優越感に浸っているなんておかしい。それに向こうには、あんなに綺麗な彼女がいるというのに。  店に着いたのは七時過ぎで、もう全員が着席していた。 「お、来た来た。佐高はここなー」  空いていた一番手前の席に座る。 「じゃあ今日は、お近づきの印ってことで、面識ある人もない人も無礼講で名前呼びにしましょ。かんぱーい」  木崎が仕切る音頭の後、おのずと自己紹介が始まった。  目の前に座っている髪をゆるく巻いた女性が中村美保と名乗った。  木崎が事前にほのめかしていた人のようだ。面談で了も全社員と会っているはずなのだが、覚えはなかった。 「美保さん? 美保ちゃん?」 「ふふ、どっちでもいいですよー」  そこそこ胸元の開いたカーディガンで、耳から垂れた大きめのピアスがリアクションをするたびに揺れる。 「じゃあ、美保ちゃんって呼びますね」 「私は、了くんで。あ、敬語もやめてくださいね、私年下なんだし」  先ほどの福嶋の不機嫌な笑顔がちらついて一向に会話に集中できなかった。二杯目のグラスが半分になって場もほどよく和んだところ、マナーモードのスマホがスラックスのポケットで振動した。こそっと確認すると、着信相手は福嶋だった。プライベートで電話をもらったことはまだない。何事かと慌てて席を外し、通話ボタンを押す。 「はい、佐高です」 『了ですか? 今大丈夫ですか?』  声が、静かだけれど焦っているように聞こえた。了は人気のないところに行き、スピーカーの音量を上げた。 「はい。どうされました?」 『火曜の会議資料、やっぱり週明けまでに一度確認しておきたくて』 「データの場所ですか? 僕のデスクトップ内の…」 「実は帰る途中で気づいてしまいまして、今もう会社にはいないんです」 「では、急いでメールで送りましょうか?」 「いえ、もし近くにいるならさっきプリントアウトしていたのを頂ければと思うのですが。今どこです?」 「えっと…駅に行くまでの道にデ・ナータという赤煉瓦が外装のお店があるんですが…」  最後を待たず、かぶせ気味で福嶋が応える。 「ああ、ガラス張りのところですね、わかりますよ。じゃあすぐ行きますね」 「近くまで来たらまた教えてください。外に出てお渡ししますので」  通話はすぐ切れた。席に戻ってごそごそと鞄を漁り資料を引き出しておく。電話の声はいつもより早口だったが、よく考えればやっぱりメールの方がよかったのではなかろうかと疑問に思う。よっぽど重大なことなんだろう。 「仕事?」 「うん。福嶋さんが急に資料ほしいって。電話かかってきたらちょっと外に出るよ」  了の一言で一斉に場が福嶋の話題に変わる。 「面談すごかったよね。もうオーラからして違うよねえ。さすがトップアナリスト。知ってる? あのランクのお給料、年収これくらいはくだらないんだって」  目の前で指が三本立てられ、一同は湧いた。 「どひゃー! やっぱ上は稼いでんだなあ。俺背筋めっちゃ伸びたわけだわ」 「てゆうかそもそも外見よ。あんなにイケメンに見つめられてるとドキドキしちゃって、何しゃべってるか途中からよくわかんなかったもん」  それは男が五人も集まった席ではきわどいコメントじゃなかろうかと思ったが、酒も進んでいるし気にしてる男性陣はいなさそうだった。むしろみんなして頷いている。  最初は了も同じようなことを思っていたから、異口同音の意見には頷けた。でももう福嶋のあらゆる面を見ているので、怖くもないし緊張もしない。  そういえばこの短期間に沢山の話をしたなあと思う。 「ああ見えて福嶋さんは意外に、面白いとこもあるよ」 「えーどんなー?」 「それは、私もぜひ聞きたいですね」  後ろから声がすると思ったら、噂の人物が立っていた。

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