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第15話
男性陣は緊張を走らせ、黄色い悲鳴が女性陣からあがった。
今入ってきたところなのか、夜の冷たい空気を携えている。息が弾んでいた。
「福嶋さん。僕、外に行くって言いましたよ?」
「わざわざ出てくるの、寒いでしょう」
寒さよりもこの状態になるのが気まずいから避けたかったというこっちの魂胆はくみ取ってもらえなかったようだ。了は資料を急いで渡す。
「福嶋マネージャーも、よかったらご一緒にどうですか?」
木崎の同課である沢井だったかが、一応体裁的に声をかける。見え見えのお世辞だが、そりゃそうだろう。福嶋が参戦してしまえば勝負にならない。
「いえいえ、どうかお気遣いなく」
「えーせっかくいらっしゃったんだし、一杯だけでもご一緒しませんか?」
今度は女子たちからのリクエスト。
「そうですか? じゃあ少しだけ」
あまり遠慮する気配もなく、ひと押しであっさり福嶋はうなづいた。
用意された椅子を了の横にわざわざ寄せてちょこんと座る。
了は眉間を押さえたくなった。
だからこれじゃあ、完全に授業参観の保護者なんだってば。
第一、どんな急用かと不安だったのだが会ってみると電話口の焦っていた声音はもう消えていて、いつもの穏やかな話し口調に変わっていた。
了は頭に大きな疑問符が浮かぶ。
「あ、福嶋マネージャーはせっかくだから真ん中に…」
「いえ、無礼にも割り込ませていただくので、私はここで大丈夫ですよ」
木崎の提案にも笑顔で辞して席は譲らなかった。
「それに了が隣にいないと、最近はなんだか落ち着かなくて」
「よっ佐高っ、さすが敏腕秘書」
「ええ本当に。離したくなくなります」
改めてみんなで乾杯することになったけれど、了は乾いた笑いでグラスを合わせる。落ち着かない離したくないって、自分がまさか本当にカズにでもなったつもりでいるのだろうか。言葉の意図がわからないし、今日の福嶋は挙動も言動も何かがおかしい。
「了、これはなんですか?」
早速、横から話しかけられる。
「砂肝のパテだそうです。こっちは、椎茸と牡蠣のアヒージョ」
「わあ、オリジナルのメニューですねえ。食べたことない」
「フォークと小皿、どうぞ。新しいの頼みますか?」
一応上司なので、最低限は伺う。
「大丈夫です、勝手につまんでしまいますね。ん、おいしいですねえ」
向かいの美保が気を利かせて話しかけてくれた。
「あ、福嶋マネージャーはお嫌いなもの、ないんですか?」
「そうですねえ、了なら知ってますよね?」
即座に福嶋に話を振られた。天から振ってくるナレーションのように一応耳には入れるが目の前の美保には一瞥もくれない。
「あ、えーっと。生卵でしたよね」
「さすが了、私のことをよく知ってますね」
さっきまで美保との会話は上の空だったくせに、福嶋が乱入したことでこの場をちゃんと回さねばという使命感が急に沸き起こってきた。
笑顔で消したように見せていたが、良く聞いてみるとやっぱりさっき別れた時から変わらず静かに不機嫌を携えていて、それをただ一人この場で感じてしまっているからでもあった。了はどうにかボールを美保に打ち返す。
「美保ちゃんは、何か嫌いなものあるの?」
「実は私、パクチーが苦手なんですよ」
「へえ、珍しいね。最近はよく見かけるようになったし、女性が好きなイメージあったんだけど」
「そうなんです、エスニック系のレストランに行くと何気なく入っているから、油断できなくて」
そこへ割り込んだのは保護者然としている上司だ。
「了は好きでしたよね、パクチー。大阪出張のとき行ったカレー屋さんで、増量して食べていましたもんね」
「そ、そうですね」
そんな細かいことよく覚えていたなという驚きよりも、横から会話を奪い取って無理矢理こっちに投げるのをよしてくれと言いたかった。
「美保ちゃんは…」
「了、新しいドリンク来ましたよ。あ、カボチャのポテトサラダですって。カボチャなのにポテトって面白いですね。頼んでいいですか?」
ああっ、もう好きにして! と叫びたい衝動をなんとか抑えこっそり睨むと、とぼけた笑みが返ってきた。
確信的で、何か偏った決断を無慈悲にする際、福嶋が作る顔だった。
その後決まってこの表情で言うのだ。『全ての人間がWinWinの状況は作れませんよ』と。
あ、これは悪い方向に転びそうだ、という予想は見事的中した。
福嶋の会話はどんどん目の前の美保を置き去って更に他のメンバーも波紋の外に押していく。
見えない結界が了の前に敷かれたようだった。「少しだけ」のはずが会計まで福嶋はその状態を保ち続け、四分五裂のまま飲み会は幕を閉じた。
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