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第17話

 週の開けた月曜日、福嶋は会社にいなかった。  辞令をメールでもらい、上司の顔を見ぬまま秘書業はお役御免となった。着任より、もっとあっけなかった。  本来なら今週で、三ヶ月続いたプロジェクトは終了する予定だった。  告白する事は叶わなくとも、せめて帰国する福嶋を見送りたかった。そんなこと思ってももう遅い。自分は嫌われてしまった。ゲイであることもバレてしまった。なにもかもぐちゃぐちゃなままで、二度目の恋は幕を閉じた。  了は、福嶋がいつ日本を発つのかも知らない。  本当に一生会えなくなる前に、ひと目だけでも見たかったが、歩道橋のてっぺんからあんな風に突き飛ばしておきながら『さようなら、お元気で』なんてのうのうと言えるはずなかった。ズタボロの気分のまま、なんとか火曜日全社式の報告会に参加した。  年に一回、決算を終えて株主総会の後に行われる恒例行事を全社式という。  そこで様々な決定事項今年度の業績が代表取り締まりから通達される。平社員の了に参加義務はないので、既に行われた昨日の様子を報告会のダイジェスト版で見るだけだ。うつろに了は画面に焦点を当てた。 『本年度から運営理事にユアオーシャン社から新たにアンダーソン真希氏をお迎えすることになりました。アンダーソンさん、どうぞ』  拍手の中ステージ前に出てきたのは、なんとホテルで福嶋と一緒にいた女性だった。以前見たたおやかなドレス姿ではなくぱりっとしたパンツスーツ姿で印象は異なるが、間違いない。 「…えっ?」  驚いて画面を見つめる。女性はカメラのフラッシュが四方から焚かれる中でも緊張などかけらも見せず、自信に溢れた笑顔で話し始めた。 『この度経営に参加させていただくことになったアンダーソンです。ユアオーシャンは皆さんもご存じの通りIT企業ですので私はヘルスケアに関しては初心者です。しかしユアオーシャン社で二十年経験を積み、経営という面ではプロだと自負しています。今後はH&Lの顔としてみなさんのご期待に添えられるよう勢力致します』 「これ、…どういうことですか?」  横にいた総務の先輩に小声で聞いてみた。 「日本支社業績回復のために迎え入れたユアオーシャンからのヘッドハンティングなんだってさ。去年から決まってたことらしい。すごいよな、あの若さで幹部だったんだと。運営理事はばりばり経営に意見できるから、これから社内の雰囲気も変わるだろうなー」  先輩の説明を聞いていると、アンダーソン氏にカメラが再度寄る。 『この日の為に、経営改革チームの編成を三ヶ月前から福嶋氏にお願いしておりました。今後はすぐチームを動かし、回復のルート開拓に努めて参りますので、よろしくお願い致します』  福嶋はステージに上がると、アンダーソン氏の横で一礼をした。  いろいろ疑問が浮かぶけれど、それよりも変わらず居住まいが優雅な画面越しの福嶋を見て、オフィスでいた二人だけの時間を思い出し了の胸は熱くなった。  呆然と全社式を見終わって、了がデスクに戻るとタイミング良くスマホが震えた。 『全社式は見ましたね。お話がありますので夜、ここへ来てくれませんか?』  端的な文の後スクロールすると住所が載っていた。  福嶋はまだ日本にいる。了は決意を固める。  こうして最後に機会が与えられたのだ。突き飛ばしたことを一度、ちゃんと謝っておくべきだと思った。誠心誠意、頭を下げたい。そしてどうせ望みのない恋ならば、せめて自分のことは少しでも良い印象として記憶にとどめて帰ってほしかった。忙しい福嶋のことだ、もう米本社に戻ってしまえば日本滞在の三ヶ月間など、すぐに忘れるんだろう。でももし、ふとした機会があれば北海道でした他愛のない会話とか、接待に成功した日ほろ酔いで見たキラキラした夜景を思い出してくれたらいい。楽しい頃の自分を、焼き付けていてほしい。  了はわかりました、とメールを一言返して、業務を始めた。

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