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黒鳥の湖 2

「見た所、ここの関係者だな」  首が痛くなる程の身長の男を見上げてみれば、今までに見た客達よりもはるかに仕立ての良い物を着ていたし似合ってもいた。そんな男がオレと同じように、こちらの頭からつま先までじっくり見るものだから、気恥ずかしいと言うか何だか落ち着かなくて慌てて乱れた襟を掻き合わせた。  少しでも男の視線から肌を隠したくて、下駄を履いた足をもぞもぞを擦り付ける。 「……お客様 でしょうか?」  そう言うとその男はなんだかイラ としたようで……  でも、ここに居る以上客でなければ?  「甘ったるい匂い」と言っていたのだから見た目通りαなんだろう、ここにいるΩ達は一切抑制剤は飲んでいない。  そしてオレ達は匂いの分かるαが紛れ込んだらどうなるか、幼い頃から何度も注意をするように言い聞かされている。    Ωのフェロモンが満ちているここに、薬を服用していないαが入り込んだら…… 「  ────っ」  逃げろ と本能に近い部分が叫んだ。  下駄は邪魔だ!  薄地とは言え上に羽織っている打掛も逃げるのには邪魔で……  咄嗟に打掛を投げつけて、下駄を放り出して屋敷の方へと駆け出そうとするも、そもそも足の長さがあからさまに違うせいか、オレが駆けて逃げることの出来た距離をあっと言う間に詰めて、男は襟首を再び掴んで乱暴に引っ張り上げた。 「う゛っ⁉」  ついでに首のガードも一緒に引っ張ってくれたのか、喉がぎゅっと締まってひしゃげた音が喉から飛び出す。 「や やめ 」 「おい、暴れるな」 「 っ」  もし、こんな所で訳の分からないまま乱暴でもされたら…… 「離 せ  」  暴れようとしたところを抱きすくめられて感じるのは、こんな状況だと言うのに男性用の香水と、それから雨が降る前のような微かに甘い……フェロモンの残り香だ。  くらくらとするような力強い匂いで、服に残った残滓のようなそれなのにかぁっと体中の血が大慌てで流れ出すのが分かった。  心臓がどきどきして、目が回る。 「は なして おねが ぃ  」 「  ────……俺は客だ」  そう認める男自身が不服そうだ。  膝から力が抜けそうで、抱きすくめている腕にしがみつくとチリンと小さく鈴が鳴る。  高級そうな腕時計と一緒につけられた小さな猫の首輪のような鈴は、入り口でα用抑制剤を飲んだ人間のみが渡されるもので、それは客の証明だった。

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