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黒鳥の湖 3

「 あ……わ、わかりました……」 「薬は飲んだ。さっき匂いがわかったのはまだ効きが不十分だったんだろう。今はもう匂わない」 「……ん、 」  オレが落ち着いたのを確認して、男はそろりと離してくれた。 「ところで、屋敷への道はこれで合っているのか?かれこれ十分は歩かされているが」  そりれはそうだ、この道は二十分は歩くようにされている。  入り口でα用抑制剤を飲んで、歩いて屋敷に来ればそれまでに薬が十分に効いていると言う話だ。 「ここは半ば程だから、あと半分は……」  そう言うとうんざりと端整な顔を歪め、チリチリと鈴を鳴らしながら頭を掻いた。 「こんなに手間のかかる場所なのか?ここは!人の時間を何だと思ってるんだ」  暇な人間じゃない!とイライラと言葉を漏らす男を放っておいて、放り投げた打掛を拾い上げる。  桟橋の上だから土汚れはついてはいなかったがよれよれになってしまっていて……さんざん襟首を掴まれたからか着物も着崩れてしまっている、こんな状態で帰ったらオレ達白手に対して黒手と呼ばれる、オレ達を纏めているΩ達に何を言われるか分からない。  それを考えると喚き出したいのはこちらだ。 「おい!」  この男のせいで落ち込んでいると言うのに、「おい」なんて呼ばれていい気はしなくて、思わずきっと睨み返した。 「オレは『おい』なんて名前ではありません」  反論したせいか不愉快そうに見下げられて…… 「ではお前の名前はなんだ」 「人の名前を聞くなら自分から名乗られてはいかがですか!」 「は?」  整えられている柳眉が跳ね上がって、今までとは明らかに違う不快さを示されると、威嚇フェロモンは出ないはずなのに睨まれただけで震えあがってしまいそうで、この男が優性の強いαなんだってオレに教える。  それに怯んだわけじゃなかったけど、 「   …… …… 那智黒」  ぽつんと言うが、風と竹の鳴る音で相手に届かなかったのかもしれない。何も返事がないままで、ぽっかりと会話が途切れてしまったのが居心地悪くて誤魔化すように背を向ける。 「案内いたします、こちらへ」  そう言うオレの耳に、返事とも取れないような呟きが聞こえた。 「────綺麗な黒髪だからか?」 「  へ⁉」 「ああ、いや、俺は時宝威臣(じほう たけおみ)だ」 「は、はい。ありがとう存じます」

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