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黒鳥の湖 5

 屋敷で焚かれている香が漂ってくると、そこはもう屋敷だ。  左右対称の鳥の翼を広げたような白い壁と黒い瓦の優美な曲線の日本家屋。 「お待ちしておりました。時宝威臣様でございますね」  ふわりと空気が動いて、時宝の大きな背中で見えない向こうで黒手が頭を下げたのが分かる。  オレは本来なら時宝の前に居ないといけないんだろうけど……ちょっと、この格好を咎められるのが怖くて逃げてしまった。 「ここはどうなっているんだ。随分と歩かされたが」 「申し訳ございませんでした、これも身を守る術のないオメガの他愛ない防衛の一つと思ってご容赦ください」  取り澄ました黒い着物の黒手が頭を上げるに従い、時宝の後ろにいるオレに気付いてさっと顔を青くする。さっと時宝とオレを見比べ、先程まで浮かべていた微笑を消した顔で時宝を睨み上げた。 「これは、どう言った事でしょうか?」 「これ?どうもこうも  」 「オレがっ神田様のお見送りの後にもたもたしていたから、時宝様の時間と重なってしまって」  オレに尋ねてはいないとでも言いたげな黒手の睨みに、思わずぴっと背筋が伸びる。 「驚きすぎて……転びました……」  「こちらへ」と促されて盾にしていた時宝の後ろからすごすごと出て黒手の傍らに行くと、細い一重の目がオレの頭から爪先までじっと観察し、難しそうな顔をして首を振った。 「先生に診て貰ってきなさい」 「な、何もありませんっ」 「行きなさい」  長々とそのことで問答する気はないのだと教えるきつい言い方で言うと、時宝の方をそろそろと見るオレを押しやってその視線の間に割って入ってくる。  黒手の黒い着物が立ちふさがってしまうと時宝の姿が隠れて……  仏頂面なのはわかっているのに、その顔が見たくて仕方がなかった。 「時宝様、こちらの不手際は重々承知ではございますが、もう暫くこちらでお待ち下さいますようお願い申し上げます」 「それは、この俺がそいつに乱暴をしたと思われている と、言うことか」  低い声は不愉快さを隠さない物で、自分に向けられている訳じゃないのにオレは震えあがって身を縮込めた。  オレ達Ωはどうしてもαの威圧に弱くって、上から物を言われてしまうとどうしようもなく怖くなってしまうのに、黒手はそんなことを感じていないかのようにしゃんと背筋を伸ばして真っ直ぐに時宝を睨み返す。 「服の乱れた者には確認をするのがこちらの規則。時宝様にはご不快な思いを  」 「まったくだ!」  バッサリと切られ、黒手の言葉が途中で止まる。 「 ……大変、失礼なのは承知の上でございます。ただ、こちらの那智黒は白手の中でも名持ち部屋持ちの有望株、その歴に瑕を残すことは許されません。この場所の意味をお知りならばどうぞ怒りをお収めください」  肌を刺すような怒気に泣きそうになりながら、黒手の背中の端から時宝を盗み見る。

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