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雪虫2 2

 それなら、瀬能に頼めばいいって言うことか?  将来的にオレも研究に携わると言うなら、その時は自由に見れるだろうけど。 「さぁ、観念してそろそろ帰ろうか」 「どうしよう  修羅場になってたら」  オレの不安に対して、直江が気休めでも言葉を返してくれることがなかった。    雰囲気の違いが、玄関を潜った時からわかった。  何がと言うわけではないけれど、空気がしっとりとしていると言えば一番しっくりくるかもしれない。  ねっとりとした、熟れて枝から落ちる寸前のような果実にも似た…… 「直江さんは薬飲んでる?」 「いいや。アルファ寄りとは言えベータだから副作用も酷いし、様子見てからと思って」  玄関から繋がる廊下の向こうを見ながら、「薬いるかも」と教える。 「買い物って言っても、二、三時間だったのに」  この家に来た時には全然発情の予兆の匂いもなかったのに……  濃く甘い匂いが鼻をくすぐる。 「お香を焚かなくなったせいもあるのかな」  クラクラするような甘い匂い。  これは何の匂いだったか……ジャスミン? 「違うな   もうちょっと水っぽいかな……」 「しずる君は大丈夫?」 「オレは、もう飲んでるんで」  そう言ってからそろりと廊下を歩く。  長い時間家を開けたわけじゃないのに、空気が違うせいかどこか違う家のような気がしてくる。  重い、陰鬱な雰囲気だ。 「    先生、戻りました」 「ああ、おかえり。実験始まってるよ」 「ですね」  タブレットを覗き込んでいる瀬能と、不機嫌そうに眉間に皺を寄せて腕を組んでいる大神と。  空気に居た堪れなくて、とりあえず買い物の荷物を片付けてくるからと、リビングを通り抜けて台所の入り口を潜った。  同じ室内にいないと  と言う話だったけれど、上は大丈夫だろうか?  みなわはあの調子だろうし、セキはきっと……大神のあれやそれやを飲み込んで平然としていられるほど大人じゃないのは、年が近い自分だから良くわかる。  雪虫はー……できるならみなわに近寄らないで欲しい。  どうしてだか、  なぜだか、  あの人を見ているとそわそわと落ち着かないし、訳のわからない苛立ちに襲われる。 「おい」 「 ひゃ、い」 「……コーヒーを持ってこい」 「あ、わかりました」  インスタントしかないが口に合うんだろうか?まぁこれしかないし文句言われてもどうしようもないけど。  確認するべきだったかとリビングの方を見ていると、顔をしかめた直江が大神と入れ違いで入ってくるところだった。

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