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雪虫2 7

「戸のさ、下に指入る?」 「下?」  部屋から溢れる光がチラチラと動いて、小さく引っ掻くような音がする。 「無理しなくていいからな」 「むり、してない」  細い分、雪虫の指先の方が入り易かったようで、微かに当たる爪の先にはっと息を飲んだ。  先端だけでは温もりも何も分からなくて、爪同士が触れてかち と小さな音が聞こえただけだった。 「しずる?」 「   うん」 「しずるに、さわれた」  どうしても滲んでしまった涙を拭って、爪先の硬さを堪能する。  こうやって触れることができたのは何日ぶりだったかな……それだけで、今日一日の全てが報われた気がして、自然と笑みが浮かんだ。 「今日は一日どうだった?」 「  だれかいて、音が聞こえて、セキが真っ赤だった」 「その  なんか思った?」  意図がわからなかったのか、雪虫は「うん?」と返事をする。 「   ん、水っぽい音がしてた、あと よく喋ってたから、うるさいって思った」  雪虫の声にはそれ以外が含まれていなくて、もしかしたら衝立の向こうで何がされていたのかわかっていなかったのかもしれなかった。  ただ、オレも経験があるわけじゃないので、雪虫が知識をつけすぎてもそれはそれで困る。  自分の情けないところがバレるのは、やっぱり嫌だ。 「うるさい か、ははは」 「あの人が来ると、しずると番になれるの?」 「うん、みなわさんが手伝ってくれる」 「そしたら、しずると会える?」  以前、瀬能がオレの嗅覚が急に良くなったことのついて、一つの仮説を考えてくれた。  急に雪虫の匂いだけよくわかるようになったのは、オレたちが運命の番で、なのに全然番おうとしないのに焦れた本能が暴走させているんじゃないだろうか と。  だとするならば、番になったら匂いに敏感すぎるこの問題は解決するはず。  これで変わらずに暴走してたら洒落にならないけれど。 「会えるよ。ごめんな、寂しい思いさせて」  オレの不甲斐なさでそんな思いをさせていると思うと、胸の辺りがキリキリと痛む気がする。  経済力も、腕力も、知識も足りなくて…… 「情けないなぁ  」 「どうして?しずるはここに居てくれるのに、それだけで、幸せだよ」  指先を動かしたのか、柔らかな爪同士の当たる音がする。 「ドアブチ破りたい……すげーいい匂いする   抱き締めたい、匂い嗅ぎたい、舐めたい、撫で回したい  触って 揉んで 吸い付いて  噛み付きたい    」  扉に当たって跳ね返る自分の息が熱を持っているのに気が付いたけれど、譫言のように出る言葉を止めることができない。  知らない間に、雪虫に触れていない手で板を引っ掻いていることに気がついたのは、雪虫が懸命にオレの名前を呼んでくれたからだった。

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