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雪虫2 28
この居た堪れない空気はもしかして大神が来るまで続くんだろうか?
オレはただ雪虫と幸せになりたいだけだって言うのに、どうしてこう余計なことに巻き込まれるんだろ。
「ほら、お花やで」
そう言ってリンゴを塩水に沈めるみなわに対して、欠片になったリンゴをしょんぼりと眺めているセキには同情せずにはいられない。
とは言え、親……って言うには若すぎるか?強いて言うなら従兄弟のお兄さんくらい年上なみなわと比べたら、圧倒的に経験値が足りないんだからしょうがないことだと思う。
「これくらい朝飯前やで。花よりハートの方が良かったか?」
「器用ですね」
「まぁ自炊生活も長いしなぁ」
二つ目のリンゴを手に取ってそう言うとみなわは少しの間、遠くか……もしくは過去を思うような顔つきをした。
Ωで、男娼をしていると言う時点でみなわの人生が明るい物ばかりではなかったと言うことは、なんとなく察する事が出来ることだ。
問えば意外と軽い調子で答えてくれるかもしれないけれど、そこまで踏み込むことはない と流すことにする。
「こう言うところで気を利かせられるかどうかが、モテるかどうかの境目やでぇ?」
「う゛……」
オレがみなわの表情を見ていたのがばれていたらしい。
にやにやと笑われて、やっぱり聞かなくて正解だと思う。
────深く関わってはいけない。
拭いきれないその感覚に従って、曖昧に怒ったような顔をして距離を取る。
「なんや、やっぱりつれないんか」
「そう言うのオレにはもう雪虫がいるからいいんですってば」
「はいはい。ごちそうさん」
目の前で手をひらひらと振られて、ふと気が付いた。
「あれ?今日はあのブレスレットしてないんですか?」
「うん?ああ、あれかぁ、今日はいらんかなぁって」
発情期のΩのフェロモンが滲み込ませてあるあれは、抑制剤を使っていないαが傍に居たらヤバい代物だから、持っていなくて正解だ。
お互いがお互いに気を付けましょうって言葉を暗黙の了解にしているつかたる市では、とんでもなくはた迷惑な物である。
「 しずるくん」
台所の入り口から直江に声をかけられて振り返ると、通話を終えた携帯電話をスーツにしまうところだった。
「大神さんはあと三十分くらいだってさ。みなわさんそろそろ二階に移動をお願いします」
「ふーん。やけ、その前にちょっと小腹空いてん、なんかないんかな?」
するりと自分に絡もうとした手を避けて直江は冷蔵庫を指差し、「適当に摘んでください」と冷たく言い放つ。
「なーん?人ん家の冷蔵庫勝手に開けるような躾はされてんで?」
「 少々お待ち下さい」
皿と箸を用意して、作り置いてある惣菜を盛ろうと直江が扉を開ける。
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