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雪虫2 30
伸ばした手がみなわを追いかけようとしたのに、緩慢なオレには追いつけないほどはるかに早い動作でみなわはリビングへと駆け出して……
「まっ ────っ‼」
届かないと分かっているのに手を伸ばした瞬間、空気が激しく震える感覚に身が竦んだ。
道路に面した庭の方から明らかに日常では聞こえないような、けたたましい音が響いて何かを薙ぎ払う振動が足に伝わってくる。
「 っ⁉」
耳を塞いで身を竦ませたくなるような、本能で恐怖を感じるようなガラスの割れる音と金属の軋む音に、喉の奥が小さくひぃ と鳴った。
「なん なに、なんだ 」
煮えそうな頭では、家自体が軋んで悲鳴のような音を上げるのを聞いてもどうすればいいのかわからず、思わずよろけて膝を突く。
そうすると無残に潰れたケーキの箱から流れ出る液体が目に入って……吐き気を催すほどに濃いフェロモンの臭いに視界が一瞬真っ白に染まる。
体中が灼けてるんじゃないかって、
天地がひっくり返ったんじゃないかって、
自分の耳に届くのが鼓動だけになったんじゃないかって、
海流にぐちゃぐちゃに揉まれて上も下もわからない、そんな錯覚が生まれて……
「 ────しずるっ!」
セキに襟を掴まれて揺さぶられて、はっと顔を上げると真っ青な顔が目に飛び込んでくる。
「しずるっ!しっかり!」
「 っ、セキっ 」
息を止めていたのか、気管に空気が滑り込むひゅうと言う頼りない音がして、胸が膨らむのが分かる。
「あれ、あれをっなんとか っ」
すぐ傍でうずくまっている直江は真っ白な顔で苦し気で、薬を飲んでいるオレですらコレを吸い込んでこんな状態なのに、なんの予防もとれていない直江はどれだけの苦しさなのか……
ラットなんてもんじゃない、こんな濃い臭い、命にかかわるレベルだ。
「直江さんをすぐに離して っ」
「わ、わかったっ」
「オレは っ」
唇を噛み締めてぐっと膝に力を入れる。
「雪虫を 」
そう言って一歩踏み出そうとして視界がブレた。
車に酔った時のような気分の悪さに胸を押さえながら、でも緊急の何かが起こった状態で雪虫を一人にはできなくて必死になってリビングへと飛び込む。
そこには瀬能の姿も、駆け込んで行ったみなわの姿もなくて……
代わりに、大きな掃き出し窓がひしゃげてガラスが飛び散り、トラックの前面が食い込んでいる。
「 っ」
吐き気だけでは起こらない悪寒に体中が総毛だつ。
何 とか、どうして とかじゃない、胸の中で毒虫がはいずり回っているかのような胸糞の悪い感覚を覚えて、トラックが突っ込んできたことに驚くよりも先に二階へと駆けあがった。
この家は住宅街の奥まった場所にあって、表の通りから真っ直ぐに入れる場所にはない。
表の道をトラックが通りかかることはあっても、この先には突き当りしかないこの家の前にこんなに大きなトラックが入ってくることはなくて……
明らかにこれは、故意 だ。
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