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雪虫2 44

「雪虫っ!  ぁ  」  声を上げると肺から息が逃げて吸い込まなくてはならない。  そんな単純な、至極当然のことなのにそんなことにすら頭が回らないほど、一つの単語がぐるぐると頭の中を転げ回る。 「 ────っ ヒート だ」  鼻で空気を吸わずに口で喘ぐように呼吸をするが、痛みに近い感覚で喉が灼けただけだった。  吹き出すように汗が出るのに、指先からは血の気が引いて……体中の全ての反応が混乱して今にも目が回って倒れてしまいそうだ。 「し、ずる? どうしたの?しずる?」  縋りつくような甘い声は、自分に発情期が訪れたなんてわかっていないようだった。 「  っ、  ヒート、来てる」  やっちゃいけないと頭ではわかっているのに、気付けば自然と雪虫を抱きかかえる手に力が籠りそうになる。  繰り返し繰り返し自分に言い聞かせないと、今にもこの場で襲いかかってしまいそうで……  噛み締めた唇がぶちん と鈍い音を立て、じわりと鉄の味が口に広がる。  痛みを感じてもおかしくないのに……わからない!  吐いた息が吐き切れなくて、肺以外の内臓に入り込んでじりじりと焼いて行くような感覚が、自然と腰の奥に溜まって行って…… 「やば やば  っ」 「なに?しずる?」 「ごめ  やばい、んだって  」  足が重くなる。  あんなに恋しくて恋しくて、やっと手の中に戻ってきた雪虫の匂いなのに!  血が巡りすぎたのか、ゎんゎんと鳴る耳が自分の足音以外を拾ったのに、どうしていいのか頭が回らない。 「  ────おい、ヒートだ」 「  えっ⁉アレがですか⁉」  僅かに聞こえた声で胸の内がヒヤリと冷える。  どちらかなのか、それとも二人ともなのかは分からなかったが、αがいるのだから雪虫の発情の匂いを辿るのは簡単だ。 「  仙内さんは煙草を吸われた方が……」 「  いい。匂いが辿れなくなる」  ひく と恐ろしさに喉が引き攣る。  地に足がつかないような頼りない感覚と、それでも自分自身が何とかして雪虫を守らなきゃいけないって思いで頭の中がいっぱいになって……  塗りつぶしたような暗さと、鞣されたかのような闇にカチン と歯が鳴った。 「まっすぐ」  暗い中に、細い指が伸びる。 「しずる、まっすぐ」 「雪虫?」  今いる場所がどこなのか、地下通路の中の端なのか真ん中なのか、それとも出口に近いのか……  さっぱり分からないのに、雪虫の言葉はやけにはっきりとしていた。  そして、細い指が一本の糸のように思えて…… 「わかった」 「それから、ひだり」  懸命に足を動かして出た十字路の手前で雪虫がそう言うから、それに従って迷うことなく左に曲がる。  ふわふわとした髪が鼻先をくすぐるのが幸せだと思った時、先程まで感じていた恐怖が萎んでしまっていることに気が付いた。

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