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雪虫2 49
堪え切れなかったのか小さな雫が目尻から伝い落ちる。
「 し ず、 」
苦しいからか譫言のように名前を呼ぶのに、「やめて」とも「助けて」とも言わない。
ただオレにしがみついて、泣きながら名前だけを呟く雪虫がいたいけで。
「 は、 熱 ぃ」
頭がおかしくなるんじゃないかと思うほど、心臓の音がうるさい。
オレを呼ぶ声と、熱と、
ぴったりと合わさった体が嬉しくて、
「しず る?泣い てる? 」
「 オレじゃなくて、 雪虫だろ ?」
赤くした縁から、ポロポロと涙を流して……
でもそんな泣き顔の上に落ちるのはオレ自身が流した涙だった。
「 ごめん、嬉しくて 泣いてる」
雪虫のナカは柔らかで、温かくて、包み込んできて、堪らなく気持ちいい、けれどそれ以上に、ぴたりと触れ合えたことが嬉しくて……
隙間が満たされたような気がして……
ああ、幸せなんだ って。
そう心が満たされて、自然とオレにくたりと身を預ける雪虫の白い項に歯を近づける。
食らいつこうとして、『自分の指ごと噛みつけ』って言う大神の言葉を辛うじて思い出すことができた。
二本の指を歯に沿わせて……
オレの歯が皮膚に触れた時、腕の中の雪虫の体が大きく跳ねたけれど抵抗はなかった。それどころかオレが何をしようとしているのか理解しているかのように首を傾けて、急所でもある首を晒すようにしてくれる。
血は、金臭いものだと思っていた。
けれど……
「────甘い」
このわずかな時間で何度目の言葉だったかもう数えることもできないほど、「甘い」を繰り返す。
歯が食い込む瞬間、ああ、やっとこのΩが自分のものになったんだって……
顔を上げると、目の縁に雫を湛えた雪虫は窺うようにオレを見ていた。
「雪虫にも、噛ませて」
しかたがないこととは言え白い首筋に痛々しく残る血を見ながら、額づきたい気持ちで頭を下げる。
そこを差し出すように首を傾けると、わずかに伸び上がるようにして雪虫がそこに唇を押し当てた。
皮膚を噛みやすいように進化したαの歯ですら、思い切り噛みつかないといけないのに、力の弱い雪虫ではくすぐったいばかりで……
でも、本来噛む必要のないαの首を噛むと言う行為が、雪虫の無知から来るものだったのだとしても、なんだかお互いがお互いに対等の存在なのだと証明しているようで嬉しかった。
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