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苦い人生 5

 多分、悌嗣の初めてはオレじゃない。  オレが初めてだよって言うのは、オレのことを考えての嘘だってわかるんだけど。  オレを抱くクセに他の人間で磨いたのかなってテクニックが見え隠れするのは、ちょっと……苦しい。  それだけじゃない、悌嗣は、多分、オレにいろいろ嘘を吐いている。  いつだったか、映画の話をしたことがあった。 「なぁ!この映画もうすぐ終わっちゃうし、観に行こうよ!」 「あー?また?それ、外れだったって言ってたじゃないか」 「……」  予告を見た時に行きたいって話はしていたけれど、オレがその映画を見たことはなかった。  誰との話をしているのか…… 「そーだったっけ?」  誰と観に行ったの?って言葉をぐっと飲み込んで返した言葉はなんだか情けないほど滑稽に聞こえた。  見え隠れする浮気相手のことを問い詰めるチャンスでもあるのに、悌嗣が傍らにいてくれて好きだよって、愛してるって囁いてくれるこの甘い生活を手放したくないから、何にも気づかなかったふりをする。  胸中に広がる苦い感情にも蓋をした。  だって、悌嗣に傍にいて欲しいから。  浮気をしていることにさえ目を瞑れば、悌嗣は理想的なパートナーだった。  夜の仕事のオレとサラリーマンの悌嗣と……生活スタイルがずれていても、そのことには文句も言わずにいてくれる。  こんな体のオレのことをずっと気遣ってくれて、いつも優しい。    だから、そんな悌嗣の傍に居たいから、急に予定を変更したりキャンセルしたりする不審な行動にも何も言えない。    一度友人に相談したら、気にしすぎじゃないかって言われたけど、おかしいなって思うことは他にもあって、オレはシェーバー派だし、悌嗣はT字カミソリしか使わないのに、なぜかある日本かみそりの存在とか。  自分で使うなら洗面台に置いておけばいいし、使わないなら取り出しやすい箪笥の引き出しに入れている意味が分からない。  オレは仕事で夜はいないし、帰るのは朝方だだから……もしかしたらその間に来た誰かが使うんだろうか? 「…………家でヤってる気配は、無いけど」  聞けばいいだけのことを聞けないオレは、遠回しなのは承知で似合わない顎髭を生やしてみたりしている。  ……もしかしたら、あまりの似合わなさにこれで剃れって言うんじゃないかって話題に上るんじゃないかって言う精一杯の期待を込めて。  だけどそんな遠回しじゃ悌嗣が話題に出すはずもなくて、もっぱら常連のカラスちゃんに剃れ!って言われるばかりだった。  自分でも似合っていないって思うこれを、いつになったら剃れるんだろうか?  日が長くなったのか、悌嗣がその日帰ってきた時にはまだ外はほんのり明るくて、出勤までにまだ時間のあったオレは散歩でもしないかと提案した。

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