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苦い人生 6

   生活スタイルがずれているオレ達にとって、そう言った時間は貴重だったから大事なことだった。 「あー……いや、今日はやめておくよ」  少し沈んだ声だったから仕事でミスでもしたのかな?って思ってたけど、その手に一輪の花が握られていることに気づいて慰めの言葉を飲み込んだ。  可愛らしい、アネモネの花……  男二人の所帯で花を飾るなんて習慣なんてないのに、たった一輪だけ買ってくるのは馴染まない出来事だった。 「ああ、これ綺麗だろ、つい買っちゃった」  悌嗣の「つい買っちゃった」を以前にも聞いたことがあった。    ちょうど一年前、あの時は一輪のチューリップで……悌嗣はそれをコップに飾ってぼんやりと見つめ続けて、それが枯れるまでずっと物憂げにしていたのを覚えている。  それ が、何のための花なのか、  どうして見つめ続けるのか、  なぜ、塞ぎ込むのか、  問いかけの言葉が喉元まで出かかったけれど、唇が動くだけで言葉は出てくれなかった。      カラスちゃんに酒を出そうとして首を振られる。 「え ?飲まないの?珍しー!」 「あーうん。あの、そろそろあいつらも卒業だし、酒はちょっと控えようかなって思って」  代わりに差し出したオレンジジュースを飲みながらもごもごと言う。 「卒業したら、その、子作り始めようかって ……約束してたんで。念のため、な」  酒も飲んでいないのに顔を赤くして言う姿は幸せそうで、素直に祝福してあげたかったのに言葉が喉に詰まった。    子供は、要らない。  以前、カラスちゃんの妊娠騒ぎの時にオレ達も考えないか?って悌嗣にそれとなく言ってみたことがあったけれど、苦虫を噛み潰したような顔でそう返されたことがあった。  男同士だけれど、オレはΩなんだから子供を儲けようと思えばできるのに……  同性婚は出来ないけれどパートナーシップは結んでいるし、悌嗣の会社でも近所でももうオレ達は夫婦で通っている。 「ど どうして?悌嗣、子供好きだろ?」 「……好きなのと自分の家に怪獣がいるのは別だろ」  そう不機嫌そうに一蹴されてしまって……  食い下がってみたけれど、金銭的な理由とか仕事が忙しくて育児に参加できなから とか、いろいろな理由をつけられて突っぱねられてしまった。  オレ達にしては珍しい大きな喧嘩だったけど、悌嗣が折れることは絶対になかった。  その理由は、本当にそれなのかな?  子供がいたら、オレと別れにくくなるから とか?  邪推したくないし、疑いたくもないのに、そんな言葉ばかりが浮かんでは降り積もって行く。  「ただいまー!」  ご飯の準備と、簡単に部屋の掃除をしていたら玄関がガチャガチャと音がして、扉が開くと同時に悌嗣の声が聞こえてくる。

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