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苦い人生 8

   ひやりとした床の感触と、熱い悌嗣の腕と、それから渦巻くように少しずつ大きくなる腹の奥の熱。  それから、悌嗣のオレを真っ直ぐに見る欲を含んだオスの目に……    噴き出すように汗が肌の上を湿らせたのを感じて、ああ 発情期に入ってなって分かった。  抑制剤の研究が進んで良く効くようになったとは言え、生殖行為である本能は完全には無くなることはなくて、こうやって三か月周期でオレは発情期に入る。  カラスちゃんなんかはちょっとムラムラするだけだって以前に言っていたけれど、オレは元々抑制剤の効きが悪かったせいでこの期間はどうしても…… 「んっ  悌嗣の、匂い  きもちぃ」  β性の悌嗣の匂いですら、気持ちのいい酩酊を感じてしまうくらい敏感になって、セックスなしじゃ過ごすことができない。   皺になるからとあれだけ言っていたのに、悌嗣の脱ぎ散らかしたスーツを掴んでその中に鼻を埋めるとこれ以上ないくらいの幸福感で頭の中がふわふわと沸き立つ。 「はは、スイッチ入った?」 「んっ  」  軽く言ってくれるけど、せめてベッドの上で……って思っていたのに!  どんどん靄のかかるオレの思考と比べて、フェロモンが分からない体質の悌嗣は冷静だ。  焦れているオレの上で頭の天辺から爪先までじっくりと眺めてから、意地悪い笑顔を向けてくる。 「や  やっやだって、それヤダって言ってる!」  二人の間に距離があるのが、いや……隙間があるのが許せなくて、手を伸ばしてジタバタともがいてみせるも柔らかく笑われてお終いだった。 「だって、快斗が俺を欲しがってくれてる姿なんだから、じっくり見たいだろ?」 「う でも、でも  」  悌嗣に触れていない部分があると思うだけで泣き出しそうだ。 「ごめん、ごめん。快斗が俺のだなって感じたくて」  伸ばした手にちゅっと口付けされて、それだけで腰が跳ねてしまう。 「俺だけの、快斗だなって」 「当たり前だって……」    オレはΩだけど悌嗣はβで……しかも、つかたる市に引っ越す際のバース性の精密検査でわかったくらいのβで。  相性が良ければβ相手でも番えるって話を信じて項を噛んでもらったこともあったけど、悌嗣のつけた噛み痕は綺麗に消えてしまった。  だから、オレと悌嗣は一生番えない。 「  愛してる」 「ん。オレも愛してる」  どれだけ言葉で言い募っても、αとΩの間にある番の絆はβとの間には生まれないから……  不安なんだって、昔ぽつりと零されたことがある。  どれだけ好きでも、愛していても、ある日突然αに取られるんじゃないか心配なんだって、悌嗣は弱音を吐いた。   

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