187 / 714

苦い人生 12

   以前、外科的アプローチでΩの発情期をどうにかしようと言う話を聞いたことがあったが、結局それも話を聞かなくなってしまったので立ち消えになったんだろう。  生まれついての性別であるΩはどうにも出来ないし、それに伴う本能もどうしようもない。  悌嗣がオレを選んでくれた時は人生がバラ色で、きっとこれからの生活は甘くて甘くて仕方がないものだと信じて疑わなかったけれど、実際は悌嗣にずいぶんと無理をさせているんじゃないかって……  βである悌嗣には、こんな人生は苦いだけじゃないのかなって…… 「あ!起きてたか。どうしたんだよ、そんなとこで」  リビングからの光がさっと太さを増して、その中からひょっこりと何事も無いような顔をして覗き込んでくる。 「あ、の  」  オレがベッドに居ないことと、蹲ってしまっていることで何かを察したのか、悌嗣は乱暴に頭を掻いて傍らにしゃがんだ。 「何気にしてんだか知らないけど、あれくらい毎日言ってるから」 「…………」 「やっかみなんだよ、オメガのヒートの相手って羨ましがられるだけなんだから」 「でも」 「まぁ、それに、俺も会社を堂々と休んで快斗と引きこもってセックス三昧って言う旨味を堪能してるしな」 「なっ  」  明け透けな言い方に頬がぽっと熱くなる。 「男の夢じゃね?好きな奴とさ、引きこもってずっとセックスするの、しかも相手はめっちゃくちゃ求めてくれるんだぜ?」 「そ そんなの、言われたって……」 「だから、快斗が気にするようなこと何もないんだって!」  けらけらっと笑う悌嗣に手を引かれて立ち上がると、コーヒーのいい匂いと香ばしい香りが鼻をくすぐった。  明るい室内に入ってその匂いを嗅いだせいか、急に自分が空腹なんだって思い出して腹がくるりと音を立てる。  時間の感覚がわからなくて、カレンダー付の電子置時計に目を遣ると二日も経っていた。 「マフィン少し焼き直してみたからさ、軽く食べたら風呂に行こ」 「うん」  悌嗣の休みは三日間で、いつも通りなら明日は一日中部屋でゴロゴロしながら発情期でくたくたになった体を休める日だ。  少し齧った後のあるマフィンはブルーベリー味で、オレがベッドに横になったまま食べたものだった。 「これ、美味しいよね」 「うん、気に入ってたろ?ちょうど駅に行くまでにあるしさぁ、また買って帰ったら喜ぶだろうって思って」  くっと喉が詰まった気がして噎せそうになった。  それを悌嗣に気づかれないように息を詰めて誤魔化して、咳き込む衝動が去るまでぐっと唇を引き結ぶ。   「ちょっと買いすぎたかな?でもここのなら小ぶりだから沢山食えるって言ってたし   」  はっとしたように言葉を切って、俯いたオレには見えないけれど、でもオレの方をじっと見詰めているんだってことはわかった。  紫色に染まったマフィンの欠片がぽろりと転がって皿の上に落ちる。

ともだちにシェアしよう!