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苦い人生 19
今日の夕方には帰ってくるってわかっているけど、それでも少しでも悌嗣に関するものに触れていたいと思うし……
こうやってパートナーに依存してしまうのは、オレがΩだからなのかそれともただ悌嗣が恋しくて恋しくてたまらないのか。
悌嗣のことを考えると甘く胸が痺れるのは、高校時代からいつまで経っても変わらない。
「寂しくなっただけだよ」
「じゃあ、帰りながら少しだけ話そうか」
「駄目だ!」
「な、なに……」
剣幕にびっくりすると、悌嗣はバツが悪そうに声を潜めて「店の鍵をかけて」って言ってくる。
「な なんだよ……」
もう戸締りは終わっていて後は裏口のみだ。
一応そこの鍵をかけると、「それで?」って促した。
「奥のソファーでさ、その 」
「うん?」
「して みてくれない?」
悌嗣の言葉が理解できなくて一瞬頭が真っ白になった。
何を言われてるんだろうって、疲れてるから聞き間違えたのかなって思ったからそろりと尋ね返してみる。
「え?なんて?」
「あ、と、えっと して欲しい」
「…………」
「あ、あの、オナニーを 」
はっきり言葉に出されて、一瞬で顔に血が集まるのを感じた。
火が出る とか表現するけれど、そんなのの比じゃないくらいだ。
「な 何馬鹿なこと言ってんだよっ!ここ店だぞ⁉」
「頼むよ」
「だ、だ、めだって!すぐに家に帰るからっそれから……」
「駄目だ!」
またきつく言われてパニックになりそうだった頭がちょっと冷静になれた。
これはいつもの我儘だ……
オレを困らせたいのか、それとも試したいのか?
でも、普段はそんなこと言う奴じゃないのに、突然言い出した内容はあんまりにもあんまりで。
「じ、実は俺、もう勃ってんだ」
ぼそぼそ と、けれど切羽詰まったかのように言われて思わず携帯電話を取り落としそうになる。
「ちょっともう、限界なんだ」
「っ……ぐ、……い、一回だけだからなっ」
そう言うと安堵と嬉しさの入り混じったかのような「うん」って短い返事だけが聞こえた。
きっと今の悌嗣は、オレが我がままを受け入れた時にいつもするほっとした顔をしてるんだろうなって想像がつく。
突飛な我がままを受け入れる度、嬉しそうにしているのを見るとどんなにムッとしても、悲しくても、我がままを聞いてあげてよかったなって、思えてしまう。
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