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苦い人生 23

「じゃあ、名前呼んで」 「ん。悌嗣」  ぽつん と呟くと、くすぐったそうに笑いを含ませた呼吸が聞こえて、微かな布の擦れる音がする。 「悌嗣」  そう囁くと、小さく呻くような返事だけが返って……  暗い店の中で、恋人の自慰行為を聞いているなんて言う状況にくらくらと目が回りそうだ。 「悌嗣、好きだよ」 「ん、俺も」  荒い息の下から返してくれる言葉は火傷しそうなほど熱い感情が込められているようで……  きゅう と疼くような感覚が腹の底でとぐろを巻いているかのようだった。    押し殺すような呻き声が耳を打つと、ゾクゾクと身体中が総毛立つ。  オレの名前を呼びながら悌嗣がイッたんだって思うと、優越感とも安堵感ともつかない感情が押し寄せて来てぐっと胸が詰まった。  まだ、ちゃんとオレのことが好きなんだよなって……  他に気持ちが行っているわけじゃないんだよなって……  心の中に、オレ以外はいないよなって……   「…………ぅー」 「どした?」 「やっぱ俺だけって恥ずかしいんだけど」  ごそごそとティッシュを取る音に紛れて、そんなぼやきが聞こえてくる。 「だ、だって、悌嗣が意地悪し過ぎるからだろ?」 「意地悪、駄目だった?」 「ん だって  あんま、好きじゃない」  そう言うと一瞬、電話の向こうの悌嗣の言葉が止まってしまう。 「て、悌嗣?」 「あ、いや、そか……ダメだったか。ごめん」  素直に謝ってくる悌嗣に、なんだか気が抜けてしまってソファーにごろりと横になる。  疲れた時なんかはこうやって寝転ぶこともあるせいか、オナニーはアレだったけど横になること自体に抵抗はなかった。 「もういいよ。もう二度としないからな!」 「してくれない?」 「ん……しないって!逆になんか……ムラムラしちゃうし」 「じゃあ今からでも  」 「しないっ!」    強く突っぱねると、「残念」って言葉が漏れて小さく欠伸の音がする。  それに釣られるようにしてオレも欠伸がつい出てしまって、仕事終わりで随分と草臥れていることを思い出した。 「悌嗣ももう寝るだろ?」 「どうしよっかな……快斗は?」 「オレも帰って寝たいけど、なんかなー」  一度横になってしまったせいか、体を起こすことが酷く億劫だ。 「じゃあ店で仮眠とったらいいよ」 「ええ……ぁーでも、  」  家のベッドとは違い、固いし狭いし決して寝心地がいいと言うわけではないけれど、気怠い体を受け止めるには十分だった。

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