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苦い人生 31

「   ……びょ、いん?」  二人掛けの小さなテーブルの上に、慌てて書きなぐったんだなって分かる置手紙。  そこには『病院に行ってくる』と乱暴な筆跡で書かれていた。  『すぐに戻る』とも。 「……すぐ?」  すぐって、いつだ?  病院って、彼の付き添いで?  どうして?  どうして、悌嗣がそこまでする必要がある?  見たことの無いような着信件数を表示する携帯電話を眺めて、電話をかけて訊ねれば済む話だ と心の中で呟く。  そうすれば、オレの早とちりで、誤解で、勘違いで、馬鹿な思い込みなんだってことが分かる。  悌嗣が抱き起したことも、  お腹の子の心配をすることも、  何もかもが、  オレの、  …………オレの? 「オレの、思い違い  か?」  悌嗣がセックスうまいのも、  悌嗣が誰の物かわからない物を持っているのも、  悌嗣が誰かと映画を行ったのも、  悌嗣が花を見てぼんやり誰かを思うのも、  悌嗣が三か月ごとに出張に行くのも、  悌嗣が後を追いかけたのも、  悌嗣が、謝ったことも、  今、病院に付き添っていること、も。 「オレの、考え違い、か?」  悌嗣の書いたメモの文字を指先で繰り返し辿っていると、また携帯電話が震え出す。  見なくてもわかる、悌嗣の名前の出ているそれを放り出して振り返った。  その先にはお互いの個室の扉があって、右側が悌嗣の部屋だ。 「  はは、 」  笑い声を残しながら悌嗣の部屋のドアノブに手をかける。  後ろでは、小さな振動を続ける携帯電話はテーブルの上から落ちてけたたましい音を響かせていたけれど、そんなのもうどうでもいい。  床の上を震えながら転がる携帯電話を無視して中に入ると、いつも通りの悌嗣の匂いだ。  シャンプーや洗剤が変わってもどうしてだか変わらない、悌嗣の匂い。  変わらない、のに、  よろよろと馬鹿みたいにふらつきながら箪笥に組み合うようにして辿り着くと、その引き出しを開けて奥を漁った。  指先に当たる、固い布以外の物の感触に、理由もなく薄ら笑いが止まらない。  小さなカミソリではなく、大きくて無骨で、刃物だと全面にその存在感を押し出してくるようなその質量を持ち上げようとして、火傷をするんじゃないかってくらいビビりながら手を伸ばした。

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