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甘い生活 10

  「いいのって……あれかな、  」    両方の人差し指が細長いものを描くのが見えて、やっと腑に落ちた。    ────そう、か。  だから、か。  だから、あれで手首を切ったのか。 「あの……洗濯物片付けてる時に見ちゃったんだけど、引き出しの奥の  」 「カミソリ?」 「そう!」  ぱあっと明るくなった快斗の顔は、まるで幼い子供のように無邪気だった。  その晴れやかな顔が、俺が自殺するために用意していたカミソリをどう思っていたかを物語る。  快斗はアレを何だと思ったんだろうか?  不審物?  二人が使うことのない物を持ち続けている俺に、何を思ったのかはもう想像を働かせるしかできないけれど、それが良くない考えなことだけは分かる。   「……ああー!親父がカッコつけて買って、使わないし捨てるのも勿体ないしってくれた奴だよ。俺も要らねぇっての!」  はは と笑ってやると、快斗はあっさり信じたのかほっとした表情をしてよろめいた。 「ほとんど新品だから捨てにくいし、ほんっと困る!」    これで信じてくれたのだろうか? 「じゃ、あ、オレが使ってもいい?暑くなってきたから剃ろうかと思って」 「っ、だめだっ」  大袈裟なまでにひっくり返ってしまった声に、快斗は怪訝な表情をする。  だって、アレは俺が自殺する為のものであり、快斗が自ら死を選んだ時に使ったもので…… 「慣れないもの使うと危ないって!」 「でもっ使わないなら俺が使ってもいいってことだろ?」 「快斗に怪我して欲しくないの!俺が剃ってやるから。な?」  そう言うと快斗は少し不満そうだったけれど、晴れやかそうな顔で頷いてくれた。  くすぐったそうな感じでもあるし、嬉しそうな感じでもある。ここの所、何かもの言いたげな時があったのはコレのことだったのかと俺自身も自然と笑みがこぼれる。  何か、俺に引っ掛かっていることがあるんじゃないかなって思ってはいたんだけど、快斗が強盗と鉢合わせしないことばかりに気を取られていて、そのことを後回しにしてしまっていた。 「なんであのカミソリにこだわってたんだ?」  「あ の、それは……」  はっとした声音は、前回の生で電話の向こうから聞こえたのと同じような気がした。  何?  俺は、次は何を見落としている?  他に快斗が気に掛かっているものは?  何かを取りこぼしているのかもしれないと思う度に、足元が崩れていきそうな不安に襲われて、裸のせいかひやりとしてしまった体を温めたくて快斗を抱き寄せる。  この温もりを、俺は幾度も亡くしてきた。  それは慣れるものなんかじゃなくて、降り積もる澱だった。

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