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ひざまずいてキス 4
秘書だか何だか言うあいつは気づいてないんだろうけど……
「なんでこの距離で気づくんだ」
ビルの陰に身を隠しながらそう呻く、気配だけだけど……たぶん、大神は俺を見ている。
「…………」
喧嘩慣れだとかそう言うもんだろう。
自分に向く意識を感じ取っちまうって言うヤツだ。
……それだけ、あの大神が修羅場をくぐって来たって言う証拠で……
「あれはムリだな」
ムリムリ、だって俺、素人だし。
本業の、しかもあのおっさんと違って現役バリバリのガチ勢とやり合うなんて、無理だ。
強いヤツとやり合ってみたい……って気持ちはないわけじゃないけど、アレは触らぬ神になんとやら だ。
道路が通るとかで細長く建て直された店を眺める。
建て直されたって言っても随分と昔のことで、俺が世話になる以前だそうだ。
一時は大きな陸橋が掛かると言う話も出ていたが、線路の向こうの土地との折り合いがつかずに話が立ち消えたとも聞いた。
古くからある店だからか、客は皆常連で気安い。
まぁだから、俺みたいなのでも可愛がってもらえてるんだろう。
「大ちゃん!」
「なーんだよ?」
もうじじいに両足を突っ込んでそうなおっさんが、酒焼けした大きな声で俺を呼ぶ。
今は客はそのおっさんだけだったし、まぁいいかと要件の当たりをつけながらカウンターの向こうへ身を乗り出す。
「ん」
「ん、じゃねぇよ」
「つれないねぇ」
うるせぇよって返したいけど、このおっさんはこの店のおっちゃんと古くからの付き合いとかで……
「んで?いつもの?」
赤い顔をぱぁっと明るくして、おっさんは奥の座敷の方へといそいそと入って行ってしまう。
おっちゃんの知り合いってんでなけりゃ、断るんだけどなぁ……
座敷に入って水揚げされたマグロみたいに転がっているおっさんの背中に手を伸ばして力を込めた。
俺の家は、いわゆる道場だ。
空手とか柔道とかのメジャーじゃなくて、ひいじいさんだかさらにその前だか、なんならもっと前なのか忘れたけど、とにかく先祖が起こしたマイナーな武術流派で、とにかく人の体を徹底的に知らなければいけないって特徴があった。
親父は門下生を増やすためにもう少しマイルドなやり方に変えたらしいが、じいちゃんが教えてくれたのはそんな生ぬるいのじゃなくて、とにかく相手を屈服させるための古いやり方で……
その応用でこんなことが得意になったわけだ。
「あー……そこそこ」
「あぁ凝ってんね、変な体勢で寝てたか、パチ台の前に長く座ってたんだろ」
「たっはっはっ」
どうせ揉むなら女の柔かな胸がいい。
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