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ひざまずいてキス 21
「いつものを」
こんな……って言ったらあれだけど、こんな店に似つかわしくないピシリとした三つ揃えのスーツで、ナオちゃんはぶっきらぼうにそう注文する。
「え⁉なんで⁉どしたの⁉俺に会いたか 」
「飯を食いに来た」
アパートでのやり取りが嘘なんじゃないかって思えるほど、つんと澄まして言われた言葉にがっくりと肩を落とす。
「えぇ……ナオちゃんお昼はちゃんと食べた?」
「いや、これが今日初めての食事だ」
「またぁ⁉あんたんとこのボスは飯も食わせてくれないわけ⁉」
「しかたないだろう。忙しかったんだ」
そう言うとナオちゃんはデコんとこの皺を指でぐっぐって押して溜め息を吐いた。
「そうなの?」
「最近、商談関係でことごとく邪魔が入る……参った」
差し出したおしぼりを受けとって……溜め息は止まない。
「…………」
白い顔がいつもより白い気がして、ラーメンと唐揚げのオーダーを通しながらちらちらと様子を見る。
仕事のことで邪魔が入ってるって言うのは……きっと俺のせいだ。
ナオちゃんの電話に入ってるスケジュールとか、話してる間にちょっと漏れたこととか……なんか良くわからない書類の写真とかを満田に送っているせいだ。
「急に油物入れて大丈夫なんかよ?」
「大丈夫に決まってる」
つん と澄まして言うけど、俺としてはできれば食べた後もおいしかった!って言って過ごしてもらいたい。
「……気分悪くなりそうなら残しなよ?」
そう言ってラーメンを出すと、冷たい目でちらっとだけ見てくる。
「吐いても知らねぇからな」
「 少し、遠出するから会えないと思う」
態度は相変わらず素っ気ないけど、そう言う時のナオちゃんの唇が少しだけ尖っているように見えた。
「えっええ⁉なんで?」
「仕事のごたごただ」
「もしかして、それを伝えるためにわざわざ来てくれたの?」
割り箸をぱちんって割りながら、ナオちゃんは答えない。
「当分顔が見れないから、見に来てくれたんだ?」
「違う。昼飯を食いにきたんだ」
ツンツンそう言うけど用事は電話で済むし、食事はもっと身近で簡単に食べれるものがあるはずで……
朝ご飯も昼ごはんもまともに食べられないくらい忙しいナオちゃんが、夕飯もゆっくり食べれるなんて思えない。
だから、わざわざ遠くのここに食べにくる理由がない。
唐揚げを出すと、その時になってやっとこっちを見ないまま「お前が寂しがるだろう」って呟いた。
「は……?」
ぶわ と顔が赤くなるのを感じる。
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