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ひざまずいてキス 23
「なに?またなんかあったんか?」
酒焼けしたかすれ声は、今聞いていていい気分じゃない。
「……別になんもないっす」
そう冷たく返してやると、大袈裟に顔をしかめて明らかに嘘だってわかる泣き声でうざい感じに泣き出した。
「俺とさぁタイちゃんの仲なのにさぁそんな隠し事して、色々助けてあげたのにおっちゃんに冷たくするんだぁ」
「やっそ、そんな、ちょ……」
そうやって大きな声を出すから、店のおっちゃんがどうしたのかとのぞき込みに来て……
収集がつかなくなりそうだった慌てて手を振って誤魔化し、うんざりした顔で睨みつける。
「さっき来てた奴らか?」
そう言うと口の周りのビールの泡を拭い拭い、鼻で笑うような笑い方をした。
「あー……まぁ、ね」
「近頃は大人しくしてた奴らだってのに、タイちゃん一体なにしたのさ?」
「……これ絡みで」
小指を立ててやると、おっさんは餃子を飲み込みきってない口を大きく開けて「あはは」と笑う。
「ああそう、美人局か。引っかかっちゃったなぁ?そんなに美人だったの?」
「え?あー……顔はそこそこ?でも胸が、ほら」
両手を広げて大きさを再現してやると、おっさんはにやにやしてた顔を引き締めて「それはしょうがねぇな」って真面目な声で返してくる。
「金か?」
「いや、金じゃねぇよ」
この店を人質に取られるより、金の方が幾分もマシだった。
「ふぅん……店か?」
「ん」
ただものじゃないこのおっさんになら話してもいいだろう。
「そぉか」
「なんか、いい案ある?」
「あぁあるある」
俺のなかなかに真剣な声をぶった切るように軽い返事が返るから、思わずカウンターから身を乗り出す。
「え⁉」
ひひ と笑うおっさんの息は酒臭くてどうにもうさん臭さが拭えなかった。
晩飯時の混雑が本格的になる前に、ちょっとナオちゃんの様子を見てくると言い置いて二階に上がると、ちょうどいいタイミングでスーツの上着を着ようとしているところだった。
「もう具合いいんかよ?」
「ああ、迷惑かけたな」
そう言う横顔は、少し顔色が良くなってはいるけどまだまだクマは酷いし、出来るならもっと休んでいてもらいたいと思う。
でも、きっと大神が……って言って、無理するんだろう。
俺がやったことで、ナオちゃんが無理をしている……
「…………」
「なんだ?しおらしいな」
「いや……」
結局、自分のしでかしたことで全然関係のなかったナオちゃんに迷惑をかけているんだって思うと、どうにもむかむかとした気分になって、帰ろうとするナオちゃんの腕をさっと掴んだ。
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