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ひざまずいてキス 29

 段差にがつがつぶつけられる痛みも、俺を平然と引き摺って行けるナニカを前にして、何も感じない。   「タイちゃん、どうした?いつもの威勢は?」  歯の抜けた口を開けて笑うおっさんは…… 「……あんた、誰だ」  ほんの少し前まで、おっさんだと信じて疑うなんてことのなかったおっさんは、違う、コレはソウじゃない。  俺の考えを読んだのか、おっさんはひひひっていつもみたいに笑ったが…… 「な に、すんだ?満田の話すんだろ?」 「はは。ほら、まぁ、座んなよ」  ナオちゃんですら持ち上げられない俺の体を、軽々と椅子の方に放り投げて、よたよたと千鳥足のような足取りで奥のドアへと歩いて行った。  裏手を歩いていたからか気づかなかったけれど、ここは……    ナオちゃんのハメ撮りを撮ったあの部屋だってことに気づいた途端、今までで一番まずいって感じて飛び上がった。  ギチギチに絞められた結束バンドのせいで上手く体が動かないけれど、そんなことを気にしている場合じゃない。    よろけてしたたかに床に顔をぶつけたけど、それでも体をくねらせて逃げようと頑張ってみる。 「────ずいぶん、活きがいいじゃあないか」  ひゅ と喉が鳴った。  こうして声を聞くのは初めてだったけど、それでもその低く腹に響くような声の持ち主が誰かはわかる。  そろりと床に転がった状態から振り返るようにして見上げてみると、そびえ立つって言葉がぴったりな人間が扉を開けて出てくるところだった。  ────まずい……  無駄なあがきだってわかっているのに、腕や足をがむしゃらに動かしてみる……が、皮膚が擦れて熱い痛みを感じただけだった。 「いつもはもっとうるさいですよ。大人しい方です」  突き放すようなうんざりした声が追うように聞こえて、曲がらない首をこれでもかってくらい曲げてみると、大神の後ろに良く知っている顔が見える。   「あっ  ナオちゃ  」  呼びかけようとするも、ナオちゃんの目はこっちをちらとも見てなくて、真っ直ぐに大神を見詰めているその顔は、一番最初に見たあの忠犬のようなつまんない顔だった。  コッコッと革靴が床を蹴る音が近づいて……  ナオちゃんもいるって言うのに、どうしてだかその音は大神が立てたんだってわかった。

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