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ひざまずいてキス 31

  「そうか」  髪がまたぶちぶちって音を立てて、今度はさっきと反対に向けて力が込められる。  ごりごりと骨と壁が擦れて、その間の皮膚が削り取られる感触に、全身に鳥肌が立ってびっしょりとわけのわからない汗が噴き出す。 「あっあああああっ!」 「ところで、話さないのか?どんどん小顔になって行くぞ?」   男らしい顔を歪めて笑う大神は、俺が喧嘩してきた相手の誰とも違って暗い目をしていた。  覗き込んでも、底が見えない。  一般人とは異なる、そんな、目だ。 「なんっなんの話かわかんねぇよっ!俺はおっさんに満田のことで   」  途端、手が離されてぼとんと床に落とされる。  両足が床についているのに支えきれなくて、這いずるように転がると床に赤い汚れがつく。 「おっさん?」 「そうだよ!あんたの出てきた部屋に入って行っただろうが!」  ごりごり……と靴底がなんの躊躇もなく肩の骨を踏みつけてくる。 「ああ」  大神がふいと顔を扉の方に向けると、開いたままだった戸板の向こうからおっさんがにやにやとこちらを見て笑っていた。  いつも通りの赤ら顔、  いつも通りの腹の立つ笑い、  なのにその目が笑っていないんだってわかった瞬間に、無駄だと分かっているのに大神の足の下から逃げ出そうと身を捩った。 「ちが  あんた、誰   」 「なんだい、タイちゃん、つれないねぇ」  そう言うおっさんの輪郭がざわりと揺らいだ気がした。  一瞬、それは頭蹴られたせいで脳味噌がぶれてんのかなって思ってたんだけど、そうじゃない。  血が目に入ってちゃんと見えてなかったけど、それでもはっきりと分かった。  おっさんの輪郭が崩れる。  ぶる と震えた。  そんなことあり得ないってわかっていたのに、目の前でおっさんが崩れていく。 「ひ  」  まるでCGでも見てるんじゃないかって。  もしくは頭を蹴られておかしくなったんじゃないかって……  ぼろり……とカケラが落ちきって、そこに立つのはやっぱり名前を覚えきれていない女だった。 「  な、んで?」 「やっほー!どしたの?」  甲高い声は明らかにあの女のものだ。 「は?なに、なにこれっなになにっ……お、かし っ!」  何が何だかわからず、胸が痛くなるほどきゅっと心臓が縮み上がって体温がどこかに行ってしまう。  今まで、肝試しや族同士の喧嘩や、族を解散させた時のリンチですら怖いとは思わなかったのに…… 「ひ ぃ」    ごつん と脳に直接振動がきて視界がブレる。  ぐらぐらと世界が回る感覚に声を上げることすらできずに、鼻血が逆流する刺激に噎せ込んだ。 「うるさい」  俺の血に濡れた爪先が離れて行くのを見送って、ひぃ……と浅い呼吸を繰り返す。

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