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ひざまずいてキス 32
「汚れてしまいましたね」
慌てて駆け寄ったナオちゃんが大神の足元にひざまずき、腿の上に爪先の乗せさせると取り出したハンカチで丁寧に血を拭う。
その姿は……
俺なんて眼中にないって言ってるみたいで……
「ナオちゃ っげほっ」
喉に流れ込んだ鼻血で噎せても、ナオちゃんはうるさそうにこっちを見下ろすだけで、あの癖になりそうな視線ですらない。
ただめんどくさいモノがそこに転がって喚いているから視線をやったって感じだった。
「ナオちゃん?ナオちゃんっ!これ何っ!?教えてくれよっ!」
俺が問いかけたはずなのに、ナオちゃんは俺じゃなくて大神の方を見上げて「どうしましょうか?」って許可を取る。
まるで俺なんで、今日初めて会ったって言うような……態度で。
目の前のおっさんがあの女になったのもショックだったけど、それ以上にナオちゃんの冷たい態度の方がショックだった。
「そうだな」
自分の目の前にひざまずかせたまま、大神は考えるようなフインキで手袋を外すと、ナオちゃんの頭を撫でる。
握り潰せるんじゃないかってくらい大きな手に撫でられて……
ナオちゃんは……
「 ────っ!直江に触んじゃねぇっ!」
噎せ込みそうになったのをぐっと堪えて、床の上から怒鳴りつけると、そこでやっと二人の注目が俺に戻ってくる。
「そいつに触んな!」
手や足の結束バンドがギチギチって音を立てて、一生懸命に動かすけど緩む気配すらない。
「……お前、さっきから何を言ってんるだ?」
「ナオ……」
「お前は、俺が大神さんの愛人だって知ってて近づいたんだろ?」
一際、結束バンドがギチって音を立てたけど、腕が自由になる気配は全然なかった。
「そ れは」
「違ったか?」
「…………」
返事を返せない俺の前に、ナオちゃんが一つの携帯電話を置く。
よく知っている携帯電話だ。
ナオちゃんが寝た後、その中のスケジュールやメールやらを漁っていたあの電話だ。
「…………」
「このアプリ見えるか?」
指先を辿って見れば、『Raguil』って名前のついたアプリが見える。
天使みたいな絵だったから携帯電話を無くした時とか、怪我した時とかそんなのに使うアプリなんだって思っていたけど。
ナオちゃんはそれをとん と押す。
そうすると点がするすると動いて……
「これ……」
「これは前回の動きをトレースしてくれるアプリだ」
「……それが?」
ひやっとしたものが胸を締め付ける。
「これ操作の際のインカメラもこっそり起動してくれる優れものでな」
形のいい爪の指先がと と と携帯を操作した。
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