275 / 714
ひざまずいてキス 38
「もう、誤魔化さずに喋れ」
それは、俺にむかって馬鹿がって言った時と同じ表情だった。
ナオちゃんが一瞬だけ見せたその顔は、呆れながら俺に注意してくる時の顔で……
俺に向けて、俺のために言葉をくれる時の顔だ。
「ナオちゃん…………愛してる」
ぬるっとしたのが苦手だって承知で、血まみれの顔を上げてナオちゃんの形のいい唇にキスをした。
散々吐いた血で唇はナオちゃんが大嫌いなぬるぬる状態だし、大神にボコられて情けない通り越して半分死体状態だけど……
いや、こんな状態だから言っておかないと後悔するかなって思いもあって。
「あ……なに、なに言 ってるんだ」
口紅塗ったみたいに真っ赤な唇を震わせてるから、吐くのかなって……ぼんやりとそんなことを思う。
体を起こしてられないから、床に倒れたらごつんって鈍い音がして、これは駄目なんじゃないかってぱちりと目を瞬いた。
俺を見下ろすナオちゃんの顔は、残念ながら血が目に入ったせいで良く見えない。
「…………いや、伝えとかないと、 後悔 するかな って」
血が止まらないせいか体が冷えて行くのがわかる。
「ねぇ、 っ本気だからさ、俺のになってよ」
笑ったつもりだったけど、唇が引き攣れてうまく笑えたかどうかはわからないし、散々な姿を見せてカッコ悪ぃなぁってことをぼんやり考えていたら、視界が真っ暗になった。
止まらない鼻血のせいで病衣を真っ赤にしながら、とりあえず土下座でナオちゃんに頭を下げる。
カチカチって音がするから、一応ナースコールはしてくれてるんだと思うんだけど、さっき逃げてったナースさん来てくれるかなぁ……
「あの…………あれは、検温で……」
「検温でなんでナース服の方が乱れるんだ?」
「えと、ころ、転んだのかな」
揉んでたなんて口が裂けても言えやしない。
「その口、裂いたら話せるか?」
さっきのカチカチの正体がカッターナイフだったって知って、ひょぇって飛び上がる。
狭いベッドの上じゃあもう逃げ場がなくて……
「ごめんなさい、もうしません」
ガタガタ震えながらそう言うと、やっと気が済んだのか着替えの入ったカバンを投げつけてくる。
「とっとと着替えろ」
「あ、はい」
結局、ナースさんは来ないままで……仕方なく病衣で顔を拭いた。
「ナオちゃん手加減なさすぎぃ」
「…………」
じろりと睨まれて小さくなるしかない。
あの後気を失った俺は、ここで目が醒めた。
体中、包帯ぐるぐる巻きで。
「……でも、助けてくれてありがとな」
ぽつんと言うと、俺を睨んでいた目がちょっと揺れて、ドウヨウしたんかなって思う。
ともだちにシェアしよう!