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落ち穂拾い的な 調査書
目の前に投げ出された調査書をそろりと手に取る。
そこには「相良大我」と、語呂のいまいちよくない名前が記載されていて、事細かく経歴や素行等が書かれていた。
大場の連中とのことも……
「レヴィを貸してやる。後腐れなく片付けてこい」
「…………」
すがるではなく、レヴィ……
すがるは人格破綻しているとは思うが、レヴィはそれどころじゃない。
「…………」
レヴィの攻撃性を考えると、例え相良でも無事では済まないだろう。
いや、違う。
大神はだからレヴィと言ったんだ。
片付けるから……専門であるレヴィを……
「もう、こちらを探るのが目的だと言うことの確証は持てただろう?」
「…………」
してはいけないことだと分かっていても、調査書に目を落とす振りをして返事はしなかった。
携帯電話を見ていることや、鞄の中の書類を漁っていること、それから尾行してセーフハウスを探ろうとしていたことも、もうすべてわかっている。
相良がどの情報を探っているのか、大場の連中とどれだけ深く関わっているのかは知らないが、それでもこちらを探り、その情報でコトを起こされているのは事実だ。
疑いようがない。
わざわざ釣るために与えた情報に、大場の奴らは食いついたんだから。
相良が大場のために動いているのは疑いようがない。
「もともと、あのビルを買ってから小うるさかったんだ。これを機に大場ごと潰してもかまわん」
「……」
少し苛ついているように見えるのは、この間保護したΩのせいだろう。
「どうした」
硬質で、孤高で、すべてを拒絶するかのように冷たい目をこちらに向けられて、怯えない人間なんているんだろうか。
強い目はすべてを委縮させるけれど、その力強さは憧れでもあり尊敬でもあり、服従対象でもある。
それに逆らおうなんて気は、今まで一度も起こりはしなかったのに……
「あの……もう、……もう一度だけ、チャンスをください」
「…………」
ここまで証拠が出て、何が変わるわけでもない。
オレだけじゃなく、大神自身が調べて証拠が挙がっているのだから……
「さ、相良は……腕も立ちます!度胸もあります!……つ、使える男だと……」
こちらを見下ろす大神の目は寒気を覚える程冷たいが、それはオレに向けられた冷たさじゃない。
「お前を煩わせているのに?」
「お、オレは……」
「理由は十分だ」
溜め息のように吐き出し、大神が携帯電話を手にする。
大神が直接連絡を取るのは、独立して動くすがるとレヴィしかいない……
「待ってくださいっ!」
携帯電話に手を伸ばして、はっと身を竦ませた。
「あい、……あいつは、ただ……ただ 」
ただ?
ただなんだって言うんだ。
大神にちょっかいをかけたのには変わりないのに。
それだけで、居なくなるには十分な理由だ。
本当なら、オレを脅した段階でそうなっててもおかしくなかった。
それをここまで待ってくれたのは、大神がオレに決定を委ねてくれていたからだ。
「…………」
もう、これ以上は……
「…………っ」
手の中の調査書に皺が寄って、言葉を絞り出そうとするのに酷く力が必要だった。
「……い、いや、です」
従順であれ、
あの生活の中でそう躾けられたオレには、主人の真意に反することは酷く恐ろしいことで。
「さが、らを 」
主人の望む反抗ならできたけれど、これは……
明らかに大神の意向に反することだ。
「相良をっ」
ぶるりと体を襲った震えに立ってられず、大神の足元に跪く。
息を吐き出せなくて、ひゅうと喉が鳴る。
嫌悪感と、焦燥感と、絶望感と、いろいろな感情が綯い交ぜになって頭の中の言葉を見失いそうなオレは床に額をつけるしかできない。
「 た、助けてやってください」
大神に逆らうのだとしても、人を小馬鹿にしたようなあの顔が見れなくなるのは……
────とん
後頭部に触れたのは、固い掌の感触だ。
「よくやった」
掌が、そのごつごつとした形からは信じられないくらい柔らかく撫でてから離れて行く。
見上げた大神の口元が、わずかに微笑んでいたように見えた。
END.
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