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落ち穂拾い的な 大神は過保護
瀬能が呼び出された事務所に入った時、職業柄慣れていると思っていた血を見て一瞬立ち竦んだ。
壁に、窓ガラスに、それから床。
そして血に沈む一体……いや、一人の男。
「生きてるよね?」
「俺がそんなヘマをするとでも?」
ふぅ と紫煙を吐く姿は幼い頃の姿からは想像もできないものだった と、瀬能は溜息を吐いて肩をすくめる。
「まぁこの子は病院に運ぶとして。この部屋どうするんだい?」
「ここは潰しますので問題ありません。先生もお使いになりますか?」
皮肉めいた笑い方は父親そっくりだと、瀬能はまた溜息を吐く。
「生憎困ってないよ。せっかく手に入れたのに、更地にしてしまうのかい?」
「ええ」
部下によって運ばれて行く男を見やりながら、大神はまた紫煙を吐き出した。
「用事は片付きましたし、何より下が必要でしたので」
そう言うと、艶のある靴が床をコツコツと鳴らす。
「下」
下と言っても土地ではないことに気づき、瀬能は思わず足を置く場所を探した。
けれどこの場では結局どうすることもできず、居心地悪そうに何度かつま先立ちをしてみるだけだ。
ビルの下に死体を埋めると見つからない。
どの推理小説で読んだ話だったかと思い巡らせていると、もうここには用はないとばかりに大神が歩き出す。
「親しい人だったのかい?」
「……世話係でした」
いつもは下らない話とばかりに切り上げるために、返事が返ったことに瀬能はぱちんと目を瞬かせた。
「この下にいるとは限りませんが。時期的にはそうかと踏んでいます」
「そうかい」
「あいつは……清十郎は突然いなくなるような質の人間ではありませんから」
瀬能は、大神に世話係がついていた時代のことを考え、ずいぶん昔のことだと唇を引き結んだ。
世話係とは言え雑用係と言った方が正しいような、行儀見習いのような者を手間も暇も、そして金も割いて探そうとするほどこの男は情に厚いのだと、本人に言えない代わりに胸中で呟く。
「────大神さん、車回してきました」
部屋を覗き込み、瀬能に気づいて頭を下げる直江と、この部屋の惨状を見比べる。
今回の事も、わざわざ自身が出てくる必要なんてないはずなのに、あえて自分の手で殴りに来たと言うことは……と、無愛想な隣を見上げながらにやりと瀬能は笑った。
世話係のことも、
直江のことも、
解散した組の構成員たちも、
雪虫……いや、Ω達だって、別に大神が救わなければならないと言うわけではない。
放り出してしまえばいいものをそうしないのは……
「なんだかんだ、君、世話焼きだよね」
「何の話ですか」
可愛らしい面影なんか一つも残していない大神は、そう言って瀬能を見下ろした。
END.
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