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手作りの楽園で 21

 「おいで」と仙内の口が形だけを作ると、もうここが二階だとか窓だとか言ってられなくなった。  ここを出ればこの多郎太の傍に行けるんだって思うと、二階なのに全然高さを感じることはなくて、なんの躊躇もなく足を踏み出す。  火照った体の足裏に、瓦のひやりとした冷たさが妙に心地いい。  大きな音を立てないように、でも早く仙内のところに行こうと急いで屋根の端まで行く。  「おいで」と、先程と同じように仙内が口の形だけで言って手を伸ばす。そうするとやっぱりまたふわふわと多郎太の香りが鼻先をくすぐって…… 「っ!」  何の躊躇もなく瓦を蹴って飛び出すと、そんなにがっしりとした体格じゃないのに仙内があっさり僕を抱き留めた。  どうして仙内がここに居るのかって尋ねようとしたけれど、「しーっ」てやっぱり口に出さずに指示されてこくりと頷くしかできない。  なぜ多郎太の匂いがするのか、  なぜ僕を連れ出そうとするのか、    なぜ、病気の僕に平気で触れるのか、  聞きたいことは山のようにあったけれど、「しーっ」ってジェスチャーを思い出してぐっと言葉を飲み込んだ。  仙内は僕を抱きかかえているなんて感じさせないような、なんでもない動きで素早く庭を出ると少し離れた個所に止めてある車の後部座席に僕を乗せた。 「あ、の  」  多郎太の匂いが薄れるのが嫌で、運転席に回ろうとした仙内の服にしがみつくと小さな苦笑が返される。 「しーっ静かに」 「でも」 「会いたいんだろ?」  思わずうんと頷くと、苦笑は微笑に変わった。 「君ならわかるだろ?」 「……たろちゃんの、におい?」 「うん、君を連れてきてって頼まれたんだ」 「! たろちゃんは!?」  急に大声を上げた僕に、仙内はまた「しーっ」てジェスチャーをする。 「動けないから、俺が代わりに来たんだよ。これはその証拠ね」  差し出されたハンカチからは、確かに多郎太の匂いが漂ってきて……  鼻をすんすんと鳴らしながら受け取り、肺いっぱいにそれを吸い込むとどうしようもない幸せさに涙が溢れそうになる。 「たろちゃ……たろ……」  この匂いが触れたところが、じりじりと熱を持つ。  吸うと熱を含んで苦しいのに、吸わずにはいられないジレンマに体の奥が更に熱を燻らせた。  脳がとろけるような幸福感にぽすりと座席に突っ伏する。 「出発するよ」  その声は僕にかけられたのだろうけれど、僕は再び込み上げてきた熱にそれどころじゃなくて、まともな返事を返せたかはわからない。  ぐずぐずに溶けた股の間に指を這わせたらもうそれだけで思考なんてものは霧散して、ただただチ〇ポのことだけしか考えられない。    ただ動き出した車内で、「回収しました」って言う仙内の声だけが聞こえた。 END.

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