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運命じゃない貴方と 4
「あかんよ。食事会の日にそんなことしたら」
俯くと肩から綺麗に伸ばされた黒髪がさらさらと零れ落ちる。
声は平静を装ってはいたけれど、その表情はどこかぎこちない。
「お前が許すならどつき回してやった」
目の前で拳を握られて怯えるのではと思わせるのに、咲良は逆に微笑んで見せた。
「別に、もうええんよ」
「……あいつらはまともな常識も知らん阿保だ」
そう言って男達の向かったほうを睨みつける大神を見て、咲良は笑みを深める。
「ありがとぉやで」
世界的に第二の性の周知が進み、それが病気でも障害でもなく産まれ持った性別だと言う認識が生まれ、出生時検査が必須になりつつある状態で、あの男達の言葉は酷く時代遅れなものであったが、けれど同時にそれはそのまま今の社会の認識でもあった。
未だにΩは病気で、
未だにΩは恥ずべきもので、
未だに、発情する獣のような生き物だと……
そう信じて疑わない人間達で世界は溢れている。
小さな手が大神の手に添えられると、大神は眉間の皺を緩めて深く溜め息を吐いた。
「ほら、食事会始まるんやろ?」
「ああ」
「……行かへんの?」
「ああ」
大神からすれば玩具のように感じるほっそりとした手を握り、動き出す気配はない。
その様子に、咲良は軽く首を傾げた。
「遅れるで?」
「ああ、多少構わないだろう」
そう答えてやはり動かないまま、咲良の手を握り続ける。
「ふふ」
突然笑い出した咲良に、大神は「ん?」を顔をしかめてみせた。
「なんでもあらへん」
「何でもないのに急に笑い出すのか?」
「んー……ふふ」
大神は男らしい眉をわずかに上げて答えを促すように顎をしゃくるが、咲良は緩く首を振る。
「内緒や」
「落ち着かないだろう?」
「ふふ、せやったら……うちのことどう思うか言ってくれたら言うよ」
大神がそう言ったことを言う人間でないと分かっていて、咲良はそう言ってまた悪戯っ子のようにふふと笑う。
繋いだ太い指で咲良の手をなぞるようにしながら、大神は何か考え込んでいるかのようだったが、ふぅと溜息を吐いた。
「咲き始めの、一番初めに目に触れる桜のようだと思っている」
まさか答えが返るとは思っていなかったせいか、咲良は一瞬ぽかんとして大神を見上げる。
大きな男だ。
手も体も大きくて、顔なんて見上げただけじゃ素直に見えなくて、少し離れないと見れないほどだ。
圧し掛かるような雰囲気と、明らかに堅気の人間では纏うことのないひりつくような気配のある、そんな男が自分の悪戯に応えて気まずげにしている。
咲良はうず……と胸がくすぐったくなる気持ちに小さく体を揺すった。
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