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運命じゃない貴方と 5

「   それは、貧弱や 言うん?」 「そうは言ってはいない」  答える大神の声は、意味をひねくれて取られて心外だ……と言いたげだ。 「い 今はこんな感じやけど、そのうち満開の桜みたいになるんや!」 「満開にならなくていい。今ぐらいが、そこにいて落ち着く」  とんとんと宥めるように太い指が手の甲を叩く。 「ほら、俺は言ったぞ」 「    ほら、うちで食事会した時、思い出したんよ。初めて会った時や」  数か月ごとに持ち回りで開かれる食事会。  いや、ヤクザの会合と言う言葉を使えなくなった苦し紛れの場は、毎回牽制と嫉妬で下らない話ばかりだった。  うんざりするような代わり映えのない食事会で、何を笑うようなことがあったのかと大神は怪訝な顔をする。  そんな大神を見上げて、咲良はふわりと微笑んだ。   「こんな風に、見つめ合った時にな  」 「合ったか?」 「目が合ったやん?」 「そうだったか?」 「……覗いたらおってな?」 「ああ?」 「ちらっと見かけてん……」 「そうか」 「なんなん!その返事!」  ぽこぽこと咲良が拳を振るったところで、大神は気にする様子もない。 「それがどうした?」 「知らん!もうええ!」 「咲良」  低く響きのいい声は、いつもは他人を脅しつけるような恐ろしさがあるのに、その名前を呼ぶ時だけは酷く優し気だった。   「か  かぁっこええなぁって   っ思ったん思い出しただけや!その時は、こ、こんな意地悪な人や、知らんかったんや!」 「俺は意地悪か?」 「意地悪や!さっきからニヤニヤして!」  顔を赤くして怒る咲良に、大神が向ける目は柔らかだった。 「そう言やぁ……」  そう切り出されて、大神の補佐役は顔を上げた。  事務所で何をするでもなく、他愛ないことを喋りながらたむろっている組員の一人だ。 「若んとこはいつ引っ付くんで?ササキの兄さんならご存じで?」 「ああ、結婚は咲良お嬢さんの……体調……ん、  」  そう言うと若頭補佐のササキは言葉を区切る。  なんと説明したものかと迷うそぶりに、組員は「あ」と大きな声を出す。 「ヒートが来てからなんすね!」  発情期とも言う言葉に代わるものを探していたササキは盛大に顔をしかめて体を反らした。 「そうデリカシーのない言葉を使うな」 「つっても、俺は授業でそう習いましたよ?」  年若い組員の言葉に驚き、「は?」と声を漏らす。 「小学校ん時に習いましたよ!中学とかはまともに出てないんで知りませんけど」  へらへらと笑う顔を見て、そう言う時代なのかとササキは煙草に手を伸ばした。  若頭である大神と神楽組の咲良の婚姻時期について、やきもきしているのを悟られないようにと努めて平静なふりで煙草を咥える。  

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